浮世絵学01/落款(しゃらく)写楽_1965吉田暎二*(1901‐1972)/写楽総目録(浮世絵事典)*てるじ 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/5457
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1982-04-29現在(2024-07-08更新)

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人)

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜


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G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)  Guide

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R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) Copy and Handmade reproduction 

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V浮世絵学 ミニ動画     Mini-film, about 5 minutes 

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,379項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

 

 
*ファックス、使えません。

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写楽(-1794-1795-)は貴人であったという説が、以前からある。(森清太郎)

寛政6.05-寛政6.01 閏月があるので、10ヶ月。

・これまでにない人物の喜怒哀楽の瞬間の美、見得(みえ)を切った表情を眼、眉、口、腕、指などで最大限に表現している。

・しかも、通常の絵師は板元に遠慮するが、写楽は蔦屋の[商標]上に落款を載せている。これは、やはり只者(ただもの)ではない。

*本図は、世界で一枚だけ確認されている。(日本浮世絵博物館)

写楽の役者絵の系譜

上方(かみがた)出身であれば、当然、下記の諸画譜を見て、学んでいたに違いない。

A  *1780(安永9)耳鳥齋(1751-1803)/繪本水や空(みずやそら) *にちょうさい 大坂の芝居通、戯画

*浮世絵学04/外題(水や空)デジタル *影印で全頁掲載  1780耳鳥齋/水也空 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/28549

B  1782(天明2)翠釜亭(1750s-1780-)/翠釜亭戯画譜 *半身図が多い。流光齋は、本書からも影響を受けていたに違いない。

*翠釜亭戯画譜は、各図書館で、デジタル公開している。

C  1783(天明3)流光齋(1750s -1784-1805-/旦生言語備(やくしゃ ものいはひ) *如圭

*浮世絵学04/外題(旦生言語備 上下) 1783(天明3)流光齋[如圭]/やくしゃものいはひ 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/80364

  上方出身ならば、これらを見て、学び、咀嚼する体験があって、後に写楽が出現した。写楽は、その集大成と考えると解り易い。

ここでは活字目録と画像を掲載した。

 

 

 

 

〇写楽(しゃらく)/総目録_158項目

1965吉田暎二*/浮世絵事典02-047(写楽総目録)141項目         *てるじ

写楽作品の刊年、外題、板元、内題を特定したのは歌舞伎の専門家、吉田暎二*氏である。

番号は図版と一致している。図版は、かなり小さいが、図柄を特定できる。

全158 (141版画、8版下、9草稿)

役者絵の場合、「役名(役者)」が刻記されている場合は外題を特定できることがある。

しかし、殆どの作品は、役名(役者)が全く書かれていない。写楽、複製(アダチ版)第一集、41点

〇寛政6.05-寛政7.01 歌舞音曲 88項目  ここでは伊原敏郎/歌舞伎年表を掲載

寛政06.05-寛政07.01/歌舞音曲_外題_88項目   控え櫓(やぐら)、都座、桐座、河原崎座

一ヶ月ほど上演しているので、その次の日、その次々日と、いろいろ見ることが出来る。

相撲も同様、一回、ないし二回、見て、その特徴を直ぐ描写できる技術は、本格的な絵師に匹敵する。

特に、眼二ツ、口元、腕と指の表情に、役名の喜怒哀楽、すべてが凝縮している。

背景は、銀幕で人物が浮き上がってみえるよう工夫をしている。豪華に見せているが、雲母(きらら)だから極く安いものである。ただ、地の背景は生麩糊(しょうふのり)を全面に施し、雲母を擦り込む。雲母摺は、部屋中、もうもうと雲母が舞い、職人泣かせである。この版は、絵の具に雲母を混ぜて、摺り上げているので、江戸時代の技法と違っている。恐らく10回前後の摺りであろうか。版数、つまり手数を掛けずに、豪華な感じが演出されている。

寛政6.05-寛政7.01 写楽の雲母(きらら)摺りの浮世絵が刊行された。その影響で、直後、哥麿が歌撰恋之部、長喜が(美人、ほたる)などを出版している。閏月が入るので、10ヶ月となる。

 

1 白人おなよ(佐野川市松) 

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

2 藤川水右衛門(坂田半五郎)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

3 石部の金吉(嵐龍藏)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

4 石井源藏(坂東三津五郎)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

5 奴袖助(大谷徳次)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

6 田辺文藏(市川八百藏)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

7 文藏妻おしづ(瀬川菊之丞)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

8 大岸蔵人(沢村宗十郎)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

9 蔵人妻やどり木(瀬川冨三郎)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

 

10 やどり木(瀬川冨三郎)、若草(中村万次郎)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

11 おなよ(佐野川市松)、藤太(市川冨右衛門)

1794(寛政6.5.5)都座 花菖蒲文禄曾我

 

 

12 宮城野(中村冨三郎) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

13 次郎作(森田勘弥) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

14 しのぶ(松本米三郎) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

15 五郎兵衛(松本幸四郎) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

16 志賀大七(臺七)(市川高麗藏) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

17 松下造酒之進(尾上松助) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

 

18 長右衛門(中島和田右衛門)、かな川や權(中村此藏) 

1794(寛政6.05.05)桐座 敵討乗合話

 

 

19 竹村定之進(市川鰕藏) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

20 奴江戸兵衛(大谷鬼次) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

21 鷺坂左内(坂東彦三郎) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

22 重の井(岩井半四郎) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

 

23 伊達の与作(市川門之助) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

24 鷲塚八平次(谷村虎藏) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

25 定之進の妻・櫻木(小佐川常世) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

26 奴一平(市川男女藏) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

27 藤波(岩井喜代太郎)、小笹(坂東善次) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

 

 

28 川つら法眼(沢村淀五郎)、鬼佐渡坊(坂東善次) 

1794(寛政6.05.05)河原崎座 恋女房染分手綱

 

29 都座楽屋頭取、口上(こうじょう)図

 

30 名古屋山三(沢村宗十郎)、かつらぎ(瀬川菊之丞) 

1794(寛政6.07.25)けいせい三本傘

 

37 伴左衛門(市川八百藏)、子育ての観音坊(坂田半五郎) 

1794(寛政6.07.25秋)けいせい三本傘

 

38 浮世又平(嵐龍藏)、土佐又平(大谷廣次) 

1794(寛政6.07.25秋)けいせい三本傘

 

55 孫右衛門(松本幸四郎)、梅川(瀬川冨三郎)

1794(寛政6.08.15)桐座 神靈矢口渡

 

56 忠兵衛(市川高麗藏)、梅川(瀬川冨三郎)

1794(寛政6.08.15)桐座 神靈矢口渡

 

58 雷(いかづち)鶴之助(市川男女藏)、浮世又平(大谷鬼次) 

1794(寛政06.07.07秋)河原崎座 二本松陸奥生長

 

60 長右衛門(坂東彦三郎)、お半(岩井半四郎) 

1794(寛政06.07.07秋)河原崎座 二本松陸奥生長

 

 

134 (大童山土俵入り、右)

 

135 (大童山土俵入り、中)

 

136 (大童山土俵入り、左)

 

138 卯ノ八歳、大童山 1795(寛政7)八歳 

(雁註)長方形だから、将棋盤か(長谷川勉さん、囲碁の有段者より御教示いただきました)

 

1979ヴェヴェール、紹介  アダチ版41

 

〇写楽(しゃらく)/伝記集成_9項目

2021-07-27写楽(しゃらく)/伝記集成_9項目

写楽については、貴人説があった。まあ、とにかく普通の絵師ではない。

1802(享和2)三馬(1776-1822)(47)/稗史億説年代記* 式亭~  くさぞうしこじつけねんだいき  

ここに絵師の名盡がある。写楽と一緒に書かれている絵師は、写楽ではない。

つまり、全く、これ以外の別の人ということになる。従って、哥麿、北齋、長喜などは不可。

◯1970酒井藤吉/酒井コレクション 浮世絵名品展、大阪市立美術館

私の父・酒井藤吉(1915-1993)は、写楽は貴人の考えから、俳諧師・谷素外(1734-1823)(90)であると発表した。

これは還暦の画像の掛軸(日本浮世絵博物館所蔵)を基に帰結した結論であった。

俳諧門下に重政(1739-1820)(82)、政演(1761-1816)(56)、政美(1764-1824)(61)などがいる。

晩年、素外は、北齋(1760-1849)の爲一(ゐいつ)号を命名している。

詳細については、浮世絵名作展(大阪市立美術館)を御覧いただきたい。

なお、田中 穣*/冩樂 本書は、冩樂・実ハ俳人谷素外説を新聞紙上に発表した取材過程を含む小説風に書き流している。以前、週刊誌に連載されたものが、単行本となり、その後、また復刊している。 *讀売新聞記者 

浮世絵学01/落款(そがい)素外_2021谷  素外1734-1823)(90)/著作 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)

浮世絵学01/落款(そがい)1969写楽(しゃらく)実ハ俳人・谷素外_2021谷 素外(1734-1823)/著作・年表 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/11052

何かあれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator

浮世絵・酒井好古堂      http://www.ukiyo-e.co.jp

文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678  Email: gankow@gmail.com



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