浮世絵学04/1936(昭和11)渋井清/吉原本 編年順 1442点  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/1538
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浮世絵学04/1936(昭和11)渋井清/吉原本 編年順 1442点  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/1538

1982-04-29現在(2024-05-21更新)

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人)

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜


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G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)  Guide

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R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) Copy and Handmade reproduction 

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V浮世絵学 ミニ動画     Mini-film, about 5 minutes 

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,372項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

 

 
*ファックス、使えません。
 
 
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1936(昭和11)渋井清/吉原本

2015-11-17現在(2018-2-04更新)

◯吉原本は、主として文学書を意味し、名寄せの吉原細見とは区別する。吉原本の名称は、渋井清先生が提案され、瀟洒な小本を出版(1936吉原本)されている。

◯2003石崎芳男/よしわら 詳細な考証を行い、吉原研究の名著である。(2014.01.22現在、酒井雁高・識)

1936澁井/吉原本 ←ここをクリック 290項目

吉原本永禄1560s逸名歌舞妓事始かぶきことはじめ1911近世文藝叢書10-283-20/柳花通誌

吉原本慶長-文政1590s-1820s間宮 士信江戸図書目提要えどとしょもくていよう1976三田村鳶魚/未刊随筆百種06-375

吉原本慶長1-文化141596-1817源 信綱大江戸春秋おおえどしゅんじゅう1976三田村鳶魚/未刊随筆百種11-009

吉原本 慶長 1610s 逸名 慶長年間江都図考 けいちょうねんかんえどづこう 2003石崎芳男/よしわら吉原352-01j 燕石十種6

吉原本 慶長19 1614 三浦 浄心 慶長見聞集 けいちょうけんぶんしゅう 1981国文学381小森隆吉214-03 (小森)(2)元和3年、吉原再興

吉原本 慶長19 1614 三浦 浄心 慶長見聞録 けいちょうけんぶんろく 2003石崎芳男/よしわら吉原352-05 江戸叢書7

吉原本元和1615-1623逸名戯言養気集げげんようきしゅう1976三田村鳶魚/未刊随筆百種04-275

吉原本元和31617徳永種久徳永種久紀行とくながたねひさきこう1980続燕石十種2-151

吉原本 元和3 1617 徳永 種久 徳永種久紀行 とくながたねひさきこう 2003石崎芳男/よしわら吉原352-02g 続燕石十種2

吉原本 寛永初年 1620s 逸名 四十二のみめあらそひ しじゅうにのみめあらそい 1984野間/遊女評判記084-02 (野間)天下の色好みと稱せらるゝ菅原の權大納言よしみち、江戸に滞留すること七八年ばかり、屋敷の西の對(角の町)・東の對(よし町)に數多の女据え置き、歌舞宴飲を楽しむ。その中より四十二人の女を選び、二十一番の木草の花の歌合に擬して、海老江の太郎孫嫡子歌の判

吉原本 寛永初年 1620s 逸名 つゆ殿ものがたり つゆどのものがたり 1984野間/遊女評判記084-01 (野間)江戸の住人朝顔の露之介、駆落の相手吉原の太夫吾妻を追手に奪ひ返され、その行方を求て上洛、諸方名所見物の末、六條三筋町にて、二代目吉野に吾妻の面影を見出す。宿屋の主、京童の物した三筋町遊女評判の一巻を取出して露殿に示し、みづから三筋町へ案内する。遊

吉原本 寛永末年 1620s 奥村三四郎 秘傳書 ひでんしょ 1984野間/遊女評判記086-03 (野間)島原下之町の轡奥村三四郎(明暦元年正月六日卒)作。「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落(おち)ちる當道の書目」の筆頭に出す。一に、三四郎が親仁「家傳書」(「朱雀遠目鏡跡追」)ともいふ。

吉原本 寛永初年 1620s 逸名 わらひ草のさうし わらいぐさのそうし 1984野間/遊女評判記083-01 (野間)主人公あをやきしゆちん(青柳主膳カ、二條大番の士らしく思はる)、二代目吉野が四條河原における女能の舞臺姿を見染め、六條三筋待ち下ノ町の吉野の屋形(林與次兵衛)のあたりを徘徊する内、六尺共に咎められて打擲を受け、死を決して吉野に書置を送るといふ筋。

吉原本寛永1-文化81624-1811逸名江戸芝居年代記えどしばいねんだいき1976三田村鳶魚/未刊随筆百種11-101

吉原本寛永21625徳永種久あづまめぐりあづまめぐり1979燕石十種5-085

吉原本 寛永 1630s 逸名 讃嘲記時之大鞁 さんちょうきときのたいこ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05f 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 寛永初期 1630s 逸名 つゆ殿物語 つゆどのものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原347-04 ○挿絵29図.

吉原本 寛永 1630s 逸名 秘伝書 ひでんしょ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05e 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 寛永10頃 1633c 逸名 四十二のみめ諍 しじゅうにのみめあらそい 2003石崎芳男/よしわら吉原347-05 ○四十二の物諍の模倣。遊女評判記。

吉原本寛文18 1641三浦浄心そゞろ物語そぞろものがたり1911近世文藝叢書10-283-10/柳花通誌

吉原本 寛永18 1641 逸名 わらひ草のそうし わらいぐさのそうし 2003石崎芳男/よしわら吉原347-07 ○京都六條三筋町の記事。

吉原本 寛永十八年 1641+ 三浦浄心 そぞろ物語 そぞろものがたり 1981国文学381小森隆吉214-04 (小森)(2)元和3年、吉原再興

吉原本 寛永18 1641+ 三浦浄心 そぞろ物語 そぞろものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原347-06 ○慶長見聞集の抜粋.

吉原本 寛永十八年 1641+ 三浦浄心 そゞろ物語 そぞろものがたり 1984野間/遊女評判記085-01 (野間)刊記「寛永拾八辛巳/暦参月中旬開板」。但し板本の傳存を知らず。大田南畝所蔵の刊本の寫本を以て傳はる。作者の老友と稱する者の無署名の序に、「江戸町のかたはらにきよぢうする三五あんぼくさん入道」の「見聞し事を書あつめたる草紙五十二冊」中に、「そゞろ物

吉原本寛永191642逸名吾妻物語あずまものがたり1911近世文藝叢書10-283-31/柳花通誌

吉原本 寛永19 1642.06 三浦浄心 あづま物語  あづまものがたり 1911近世文藝叢書10-065 ○種彦舊藏の増補本(寛永廿年刊)

吉原本 寛永19 壬午 1642.06 三浦浄心 あづま物語 あづまものがたり 1912無聲/武江年表025 ○あづま物語梓行(割書)吉原細見の始なり.

吉原本寛永十九年六月吉日開板1642.06三浦浄心あづま物語あづまものがたり1926佐村/國書解題1986-08v

吉原本 寛永十九年六月吉日開板 1642.06 三浦浄心 あづま物語 あづまものがたり 1936澁井/吉原本002 (澁井)榊原芳野氏の旧蔵本で、もと蜀山人蔵書(刊本)であったのを豊芥子の文庫に収められ、更に種彦自らすき写しにしたのが現在の帝国図書館蔵本(影写本)である。石川巌編「珍書保存会」第二輯に原本の型にて複製され、翻刻して国書刊行会第二期「近世文芸叢書」第十、

吉原本 寛永十九年六月吉日開板 1642.06 三浦浄心 あづま物語 あづまものがたり 1981国文学381小森隆吉214-05a (小森)(3)

吉原本 寛永19 1642.06 三浦浄心 あづま物語 あづまものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原347-08 近世文藝叢書10○挿絵4 ○国書刊行会に影印本

吉原本 寛永20 1643 徳永 種久 あづまめぐり(色音論) あづまめぐり 2003石崎芳男/よしわら吉原347-09 燕石5○京を見物、江戸へ下る名所案内

吉原本 寛永20 1643 徳永 種久 あづまめぐり あづまめぐり 2003石崎芳男/よしわら吉原352-01b 燕石十種5

吉原本慶安1-寶暦131648-1763逸名芝居町江御触書しばいまちえおふれがき1979燕石十種6-345

吉原本承応明暦1652-1657逸名新吉原つねづね草しんよしわらつねづねぐさ1926佐村/國書解題1986-08k

吉原本 承応二年 1653 逸名 こそぐり草 こそぐりぐさ 1984野間/遊女評判記087-02 (野間)下巻のみ、寫本にて一見。一名「島原しつけかた」・「閨情花傳書」ともいふ。諸分秘傳書なり。

吉原本 承応二年 1654 逸名 さんげ物語 ざんげものがたり 1984野間/遊女評判記087-03 (野間) 一名「教外別傳書」といひしか。「こそくり草」の記事にて知る。諸分秘傳書の一。

吉原本延寶61654-1678藤本 箕山色道大鏡 全3しきどうおおかがみ1974野間光辰/色道大鏡(影印)

吉原本延寶61654-1678藤本 箕山色道大鏡しきどうおおかがみ1981国文学381小森隆吉216-10

吉原本 延寶六年 1654-1678 藤本 箕山  色道大鏡 しきどうおおかがみ 1984野間/遊女評判記106-02 (野間)「延寶戊午孟冬之吉」、夢也翁序。藤本箕山著。初め、「深秘決談抄」と題し、全部二十巻の豫定なりしもの。元禄の初め、「寛文式」・「遊廓圖」をそれぞれ分冊して、全部十八冊とす。巻十二・十三「遊廓圖」(諸國)、巻十四「雜女部」、巻十五「雜談部」(諸國)、

吉原本 延寶6 1654-1678 藤本 箕山 色道大鏡 しきどうおおかがみ 1993田口章子/國文学-解釈と教材の研究132-01 続燕石十種2(田口)34年の歳月を費やす.日本遊廓総目も掲載.

吉原本 承応3-延寶6 1654-1678 藤本 箕山 色道大鏡 全15 しきどうおおかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原349-12 続燕○最初の名、深秘決談抄.全国の遊廓歴訪。

吉原本 承応3-延寶6 1654-1678 藤本 箕山 遊女評判記集 全3 しきどうおおかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原349-13 近世文学資料類従 假名草子34-36上中下に各種

吉原本 承応3-延寶6 1654-1678 藤本 箕山 色道大鏡 しきどうおおかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原352-02m 続燕石十種3

吉原本 明暦元年 1655 逸名 桃源集 とうげんしゅう 1984野間/遊女評判記088-01 (野間) 小藤原定家序、■(身+空)田鈍太郎末孫白面書生跋。京政開板。

吉原本 明暦1 1655 逸名 桃源集 とうげんしゅう 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05a 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 明暦1 1655 逸名 難波物語 なにわものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原347-10 ○遊女評判記集 /天理図書館善本叢書11

吉原本 明暦1 1655 逸名 まさぐりぐさ まさぐりぐさ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05c 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 明暦元年 1655 逸名 難波物語 なにわものがたり 1984野間/遊女評判記088-02 (野間) 序に「これよりさきに傳をしるしたる本あり(中略)、しかれどもふた所に傳をあらハしぬるゆへ」、重複を去り増補して本書を作るといふ。これは「桃源集」と同「追加」を指すか。内題「難波物語付批判」。但し、貞享二年の書目以下、二冊と記す。評判記にして案内記

吉原本 明暦[昭和42] 1655[1967] 大導 友山 落穂集 おちぼしゅう 2003石崎芳男/よしわら吉原354-18 江戸史料叢書

吉原本 明暦2 1656 逸名 嶋原集 しまばらしゅう 2003石崎芳男/よしわら吉原348-03 遊女評判記集/天理図書館善本叢書11○左縄とも呼ばれた.

吉原本 明暦2 1656 逸名 嶋原集追加 しまばらしゅう2 2003石崎芳男/よしわら吉原348-04 遊女評判記集/天理図書館善本叢書11

吉原本 明暦二年 1656 逸名 桃源集追加 とうげんしゅう2 1984野間/遊女評判記089-03 (野間)霞亭文庫入札目録に、明暦二年刊とあり。但し「難波物語」に、「これよりさきに傳をしるしたる本」の内一つは、本書と考へらるる故、暫く保留す。

吉原本 明暦二年 1656 無款 ね物がたり ねものがたり 1984野間/遊女評判記088-03 (野間)京政開板。秘傳書にして名寄をも兼ぬ。傾城名の下には、明暦二年現在の年齢を記す。

吉原本 明暦2 1656 逸名 増草 まさぐりぐさ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-05 遊女評判記集/天理図書館善本叢書11○大坂新町の遊女評判記。

吉原本 明暦二年 1656 逸名 美也古物語 みやこものがたり 1984野間/遊女評判記089-02 (野間)刊記なし。近江の國の人、「明暦ふたとせ初、卯月のすゑつかた」京都見物して島原に至る。奥に名寄を出し、太夫の年齢を付記す。

吉原本 明暦2 1656 逸名 美夜古物語 みやこものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原348-01 遊女評判記集/天理図書館善本叢書11○遊女評判記集

吉原本 明暦2 1656 逸名 美夜古物語 みやこものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原348-02 新編稀書複製会叢書25○遊女評判記集

吉原本 明暦二年 1656   逸名 まさりぐさ まさぐりぐさ 1984野間/遊女評判記089-01 (野間)色道大祖虚光庵眞月居士(藤本箕山)作。「乙未臘天上幹(明暦元年十二月上旬)序。別に半紙本二冊のものあり。

吉原本万治1658-1661逸名吉原鑑よしわらかがみ1926佐村/國書解題1984-11

吉原本万治-寛文1658-1670s逸名吉原くぜつ草よしわらくぜつぐさ1926佐村/國書解題1985-02

吉原本 萬治2 1659 逸名 ね物かたり ねものがたり 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05b 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 萬治三年 1660 逸名 高尾物語 たかおものがたり 1984野間/遊女評判記090-03 (野間)「高尾年代箕」に模刻を出す。

吉原本 萬治三年 1660 師宣≠ 高屏風くだ物がたり たかびょうぶくだものがたり 1936澁井/吉原本008 (澁井)正本は小山暁杜氏所蔵。旧蔵岩瀬京山本である。大正四年佐々木幸太郎氏(京都)が本文を活字に、挿画のみ原本通り木版手摺にて百五十部複製発行した。「師宣絵本年表」には寛文年間、「日本小説年表」には万治年間として収む。「奇書珍籍」吉原号に挿画半葉を凸版と

吉原本 萬治三年 1660 山の手奴花桴(作)≠師宣 高屏風くだ物がたり たかびょうぶくだものがたり 1984野間/遊女評判記090-01 (野間)山の手奴花桴(はないかだ)作。江戸うろこがたや新板。作者官命によつて再度上方に赴き、島原・新町を見物し、その評判を記す。また明暦三年正月の江戸大火を中に挟んで、元吉原の全盛と新吉原假宅の景況を記し、京町三浦屋の二代目高尾(萬治高尾)追慕の記事あり ○遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本萬治31660逸名高屏風くだ物がたりたかびょうぶくだものがたり2003石崎芳男/よしわら吉原350-05d

吉原本萬治31660逸名吉原床入りよしわらとこいり1926佐村/國書解題1986-08e

吉原本 萬治三年 1660 逸名 吉原床入 よしわらとこいり 1936澁井/吉原本006 (澁井)未見書として「吉原書籍目録」に「芝切通の書房云ふ、一冊の春□なり、万治三年の印本と語れり、是非は知らず」と言って居るのみで、他に所見なし。

吉原本 萬治3 1660 逸名 吉原床入 よしわらとこいり 2003石崎芳男/よしわら吉原348-07 吉原書籍目録○詳細不明

吉原本万治3(文政2)1660逸名吉原はやり小歌そうまくりよしわらはやりこうたそうまくり1926佐村/國書解題1986-03

吉原本 萬治三年八月吉日江戸新板 1660 逸名 吉原枕 よしわらまくら 1936澁井/吉原本005 (澁井)正本は著者所蔵。「書物往来」十二冊の「師宣絵本年表」及び同誌十三冊の「吉原枕に就いて」に田中喜作氏の研究あり、本書の挿画一葉を収録す。

吉原本 萬治3 1660 逸名 吉原枕 よしわらまくら 2003石崎芳男/よしわら吉原348-06 書物往来12,19○詳細不明

吉原本 萬治三年九月吉日 1660.09 逸名 吉原鑑 よしわらかがみ 1936澁井/吉原本007 (澁井)正本は著者所蔵。「日本小説年表」仮名草子の部及び「吉原書籍目録」に見ゆ。複製して「珍書保存会」第五輯(大正六年十一月)に翻刻して国書刊行会本「江戸時代文芸資料」第四にあり。「奇書珍籍」吉原号に原本挿画一葉(文返し染川新町峰順内)の写真版を添えて解

吉原本 萬治3 1660.09 逸名 吉原鑑 よしわらかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-08 ○詳細不明○萬治4,寛永1に再版。

吉原本 萬治三年九月吉日 1660.09 逸名 吉原鑑  よしわらかがみ 1930蘇武/吉原風俗資料247 ○あづま物語を除いて最古の吉原本

吉原本 萬治三年九月吉日 1660.09 逸名 吉原鑑 よしわらかがみ 1984野間/遊女評判記090-02 (野間)江戸うろこがたや板。「ね物がたり」(明暦二年刊)を吉原物に直せしもの。

吉原本 萬治三年九月吉日 1660.09 逸名 吉原鑑 よしわらかがみ 2000宮本/台東区史通史2-161 (宮本)▲などで示す。合印の下地をなす。

吉原本 寛文 1660s 逸名 一本草 ひともとぐさ 1976三田村鳶魚/未刊随筆百種12-457 花村幸助賛嘆

吉原本 寛文 1660s 逸名 吉原歌仙 よしわらかせん 1936澁井/吉原本028 (澁井)「吉原書籍目録」によれば未見として「寛文「書目録」に見えたり。友人の蔵書に、標題不知古写本あり、そのうちに、吉原の遊女の名をたて入れし俳諧の歌仙あり、寛文中の物と見ゆ、もしこれ歟」とある。

吉原本 寛文 1660s 逸名 吉原歌仙 よしわらかせん 2003石崎芳男/よしわら吉原349-08 ○詳細不明

吉原本 寛文初期 1660s 逸名 吉原くぜつ艸 よしわらくぜつ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-09 遊女評判記集下/近世文学資料類從36○詳細不明○別名,吉原用文章

吉原本 寛文 1660s 逸名 吉原小歌総まくり よしわらこうたそうまくり 1981国文学381小森隆吉214-05b (小森)(3)

吉原本 寛文初期 1660s 逸名 吉原用文書 よしわらようぶんしょ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-04b 近世文学資料類従・下37

吉原本寛文1660s逸名吉原用文章よしわらようぶんしょう1926佐村/國書解題1986-06

吉原本 万治4 1661 浅井 了意 むさしあぶみ むさしあぶみ 2003石崎芳男/よしわら吉原351-01h 日本随筆大成3期

吉原本 寛文元年 1661 逸名 吉原かゞみ[二版] よしわらかがみ 1984野間/遊女評判記091-01 (野間)萬治三年板の再版。

吉原本 寛文元年 1661 逸名 室津尾野町之記 むろのつおのまちのき 1984野間/遊女評判記091-02 (野間)「寛文改元龍次辛丑姑洗望日」、室津住半隠子作。室津遊廓小野町の由來記。「色道大鏡」巻十三「遊廓圖 下」所収。

吉原本寛文1661-1672逸名吉原くらべものよしわらくらべもの1926佐村/國書解題1986-08f

吉原本 寛文 1661-1672 逸名 吉原くらべ物 よしわらくらべもの 1936澁井/吉原本017 (澁井)「吉原書籍目録」に未見として「「袖鑑」の引書に見えたれば寛文中の印本なり、また「吉原大雜書」にもところどころに此書見ゆ」とある。種彦は「吉原大雜書」の記事より見て延宝三年前としたけれども、「袖鑑」に見ゆるを以て寛文年間の刊行と見るべきである。

吉原本寛文1661-1672逸名吉原くらべ物よしわらくらべもの2003石崎芳男/よしわら吉原349-06

吉原本寛文1661-1672逸名吉原花露よしわらはなのつゆ1926佐村/國書解題1986-08b

吉原本 寛文 1661-1672 逸名 吉原花の露[吉原花の露] よしわらはなのつゆ 1936澁井/吉原本026 (澁井)「吉原書籍目録」に未見として「讃嘲記」「失墜」等の引書に見えたれば云々とある。

吉原本 寛文 1661-1672 逸名 吉原花露 よしわらはなのつゆ 2003石崎芳男/よしわら吉原349-07 ○詳細不明

吉原本 寛文 1661-1672 逸名 吉原はやり小唄惣まくり よしわらはやりこうたそうまくり 1936澁井/吉原本012 (澁井)原刻本の伝本は未詳なるも延宝頃のものと想われるもの岩瀬文庫(三河)甘露堂文庫(名古屋)等に所蔵さる。寛政以後の異版数種は坊間に流布さる。刊本未詳本を底本として、「珍書保存会」及び「稀書複製会」より複製刊行され、翻刻は博文館「続帝国文庫」卅六俗曲大

吉原本寛文1661-1672逸名吉原はやり小唄惣まくりよしわらはやりこうたそうまくり2003石崎芳男/よしわら吉原348-11

吉原本 寛文初期 1661a 逸名 吉原くぜつ草 吉原用文章 よしわらくぜつぐさよしわらようぶんしょう 1936澁井/吉原本011 (澁井)正本は著者所蔵。l「吉原書籍目録」に「年号ある本未見、画風から以て考ふるに万治年間の冊子歟、寛文ならば元年より五年の間なるべし」とし、「吉原失墜」の引書に見ゆる旨記す。他に所見なし。

吉原本 寛文元年 1661a 逸名 吉原くぜつ草 吉原用文章 よしわらくぜつぐさよしわらようぶんしょう 1984野間/遊女評判記091-03 (野間)目録題「吉原用文章」。うろこがたや新板。一名「吉原くぜつ草」。寛文初年の刊行なるべし。遊女・買手の艶書文範集。巻末に「こひのうたづくし」八首を添ふ。

吉原本寛文21662逸名小唄惣まくりこうたそうまくり1911近世文藝叢書10-283-38/柳花通誌

吉原本寛文21662逸名吉原伊勢物語よしわらいせものがたり1926佐村/國書解題1984-06

吉原本 寛文2 1662 逸名 江戸名所記 全7 よしわらめいしょき 2003石崎芳男/よしわら吉原348-10 ○吉原の記事、巻7にある

吉原本 寛文2 1662 逸名 をかし男 をかしおとこ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-12 ○上巻,新町をかし男。下巻,吉原伊勢物語.

吉原本 寛文二年 1662a 逸名 をかし男 おかしおとこ 1936澁井/吉原本009 (澁井)正本は笹川臨風氏所蔵。これは種彦が「吉原書籍目録」に引用した原本で、上巻は原刻の「新町をかし男」、下巻がその再刻本の「吉原伊勢物語」となっている 複製して「珍書保存会」から謄写版にて刊行さる。「吉原書籍目録」には小形の半紙本二冊として寛文二年山田市

吉原本 寛文二年 1662a 逸名 をかし男 おかしおとこ 1984野間/遊女評判記091-04 (野間) 京山田市郎兵衛板。「伊勢物語」の擬物語。但し下巻のみ傳存。

吉原本 寛文 1662b 逸名 吉原伊勢物語 よしわらいせものがたり 1936澁井/吉原本010 (澁井)寛文二年の「をかし男」の再刻である。その条を参照されたし。

吉原本 寛文二年 1662b 逸名 吉原伊勢物語 よしわらいせものがたり 1984野間/遊女評判記092-01 (野間)右「をかし男」の改刻本。吉原の事に取成す。上巻のみ傳存。

吉原本 寛文三年 1663 逸名 空直なし そらねなし 1984野間/遊女評判記092-02 (野間)大阪西澤太兵衛板。諸分秘傳書。下巻のみ一見。

吉原本 寛文五年 1665 逸名 吉原大全新鑑 よしわらたいぜんしんかがみ 1984野間/遊女評判記093-01 (野間)江戸はん木や又右衛門板。「讃嘲記」に基きて、格子・端の評判を記したるものなれば、是歳の刊行と推定す。細見圖を附す。

吉原本 寛文五、六年 1665-1666 逸名 吉原大全新鑑  よしわらたいぜんしんかがみ 1936澁井/吉原本014 (澁井)正本は上巻を横浜「綿延文庫」に蔵しありしも震災にて焼失せしものと思わる。帝国図書館(特ろ八一)に一部所蔵、但し貞享年間とありて同本か否か未詳、「奇書珍籍」吉原号に二頁写真版を挿入して解説し、「軟派珍書往来」にも解題あり。種彦は未見とし「袖鑑と根元

吉原本 寛文5-6 1665-1666 逸名 吉原大全新鑑 よしわらたいぜんしんかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-13 遊女評判記集下/近世文学資料類從36○讃嘲記の格子女郎の評.

吉原本 寛文6 1665-1666 逸名 吉原大全新鑑 よしわらたいぜんしんかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-04a 近世文学資料類従・下37

吉原本寛文61666逸名吉原袖鏡よしわらそでかがみ1926佐村/國書解題1986-08c

吉原本寛文61666逸名吉原袖鏡よしわらそでかがみ1926佐村/國書解題1986-08d

吉原本 寛文六年 1666 逸名 吉原袖かゝみ よしわらそでかがみ 1936澁井/吉原本016 (澁井)正本は曾て「永田文庫」(大阪)に所蔵。この永田文庫の複製を「珍書保存会」に於て大正八年刊行。「吉原書籍目録」には未見としt「遊女の評書なり「讃嘲記」「よぶ子鳥等に見えたり。「吉原鑑」とは別本、遊女紋づくし」とあり、寛文六年刊とす。「日本小説年表」

吉原本 寛文六年 1666 逸名 吉原袖かゝみ よしわらそでかがみ 1984野間/遊女評判記093-03 (野間)寛文七年再版本「讃嘲記」に引きたれば、是歳の刊行と推定す。

吉原本 寛文6 1666 逸名 吉原袖かがみ よしわらそでかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-15

吉原本 寛文6 1666 逸名 吉原袖かゞみ よしわらそでかがみ 1984野間/遊女評判記097-04 (野間)未見、「いぬ九月十三日」板行の由、「いぬ」は寛文十年庚戌か。「用捨箱」所引の跋に、「なほくはしくは袖かゞみにこそ」とあり。

吉原本 寛文六年 1666.00 逸名 吉原根元記 よしわらこんげんき 1936澁井/吉原本015 (吉原大全新鑑姉妹篇)(澁井)「奇書珍籍」吉原号に解題あり。「吉原書籍目録」には未見とし「遊女の姿絵ある所「吉原鑑」に似たり」とある。「国書刊行会本」に延宝六年の印本とあるは誤植である。「高尾年代記」に三代目高尾の姿絵見ゆ。本書は「吉原大全新鑑」の姉妹篇で、上巻は「新鑑」、下

吉原本 寛文六年 1666.00 逸名 吉原根元記 よしわらこんげんき 1984野間/遊女評判記093-02 (吉原大全新鑑姉妹篇)(野間)午の十月下旬、うろこがたや加兵衛開板。「吉原大全新鑑」の姉妹篇。「讃嘲記」の太夫評判ならびに揚屋俗性記の抜書。

吉原本 寛文6 1666.00 逸名 吉原根元記 よしわらこんげんき 2003石崎芳男/よしわら吉原348-14 ○讃嘲記の抜粋.

吉原本寛文71667逸名吉原雀よしわらすずめ1926佐村/國書解題1985-10

吉原本 寛文七年初春 1667 逸名 吉原すゞめ よしわらすずめ 1936澁井/吉原本018 (澁井)正本は笹川臨風氏所蔵。「吉原書籍目録」に「紙数三十七葉。二十一葉まで上の巻。二十二葉より下の巻」とある。種彦曰く「これは遊女の評書にあらず「うき世ぐるひおもひそむる事」「身うけのこと」「初春買の事」などゝ目録を分けて、客のしなじな、遊女の心持、さ

吉原本 寛文7 1667 逸名 吉原雀 よしわらすずめ 2003石崎芳男/よしわら吉原348-16 近世文学資料類従19○遊女記。季刊浮世絵32に挿絵あり。

吉原本 寛文七年 1667 逸名 吉原すゞめ よしわらすずめ 1984野間/遊女評判記094-01 (野間)奥平市六作。江戸通油町ます屋開板。諸分秘傳書。

吉原本 寛文七、八年 1667-1668 逸名 吉原天秤 よしわらてんびん 1936澁井/吉原本021 (澁井)正本は名古屋市の某氏所蔵。尾崎久弥氏に依って紹介さる。「江戸軟文学考異」(昭和二年十二月−三年二月)に全内容本不意挿画見通し三葉凸版として採録さる。本書の体裁は縱六寸三分、横四寸五分、用紙粗悪、第一丁序、次本文、よし野より始まりて第三丁を数う。以

吉原本 寛文7 1667-1668 逸名 吉原天秤 よしわらてんびん 2003石崎芳男/よしわら吉原349-01 増訂・江戸軟文学考異

吉原本 寛文七年 1667.00 逸名 吉原・讃嘲記時之太鼓 よしわらさんちょうきときのたいこ 1936澁井/吉原本024 (澁井)正本は曾て狩野亨吉博士所蔵。複製して「珍書保存会」より第二輯として刊行。「奇書珍籍」吉原号に寛文版と認むべき目次の第一頁を写真版として収録す。本書の巻尾には「うろこ形屋加兵衛開板」とあるのみにて刊年はなし。「吉原書籍目録」に紙数三十七張遊女評判の

吉原本 寛文七年 1667.00 逸名 吉原・讃嘲記時之太鼓 よしわらさんちょうきときのたいこ 1984野間/遊女評判記092-03 (野間)寛文五年刊「吉原大全新鑑」序に見えたれば、是歳の刊行か。

吉原本 寛文七年 1667.00 逸名 吉原・讃嘲記時之太鼓 よしわらさんちょうきときのたいこ 1984野間/遊女評判記093-04 (野間)吹上氏かわずの介安方作。江戸うろこがたや加兵衛板。寛文六年刊「吉原根元記」の返答書。「犬枕」を附す。増補後摺版多し。

吉原本寛文71667.00逸名吉原讃嘲記時の鼓よしわらさんちょうきときのつづみ1926佐村/國書解題1985-07

吉原本 寛文七年頃 1667c 逸名 犬枕 いぬまくら 1984野間/遊女評判記095-01 (野間)「讃嘲記」以下諸書にその名を見る。

吉原本 寛文七年頃 1667c 逸名 けいせい極意秘傳書 けいせいごくいひでんしょ 1984野間/遊女評判記094-04 (野間)「讃嘲記」・「松平大和守日記」に見ゆ。

吉原本 寛文七年頃 1667c 逸名 ばけものぞろへ ばけものぞろえ 1984野間/遊女評判記094-05 (野間)右、前に同じ。[「讃嘲記」・「松平大和守日記」に見ゆ。]

吉原本 寛文七年頃 1667c 逸名 遊女録 ゆうじょろく 1984野間/遊女評判記094-02 (野間)奥平市六作。五冊か。「讃嘲記」・「吉原雀」に出づ。

吉原本 寛文七年頃 1667c 逸名 吉原花の露 よしわらはなのつゆ 1984野間/遊女評判記094-03 (野間)「讃嘲記」に見ゆ。「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條、「吉原けいせい、野郎の事書あつめし草紙」の中に記す。

吉原本 寛文八年> 1668 無款(師宣) 玉さかづき たまさかづき 1936澁井/吉原本022 (澁井)「吉原天秤」に見えている。

吉原本寛文8以前1668玉さかづきたまさかづき2003石崎芳男/よしわら吉原349-04

吉原本寛文8以前1668遊女の大概ゆうじょのたいがい1926佐村/國書解題1986-08o

吉原本寛文8以前1668遊女の大概ゆうじょのたいがい2003石崎芳男/よしわら吉原349-03

吉原本 寛文八年 1668 吉原こまざらい よしわらこまざらい 1984野間/遊女評判記095-04 近世文学資料類従・上35(野間)江戸うろこ形屋板。「よぶこ鳥」以後、「袖鑑」再版以前の刊行か。「松平大和守日記」にも見ゆ。内題に、「吉原こまざらい/付り/上郎名寄發句」とあり。職人盡に擬して、俳諧師・侍・商人・馬追ひ以下、吉原に出入する貴賎上下の風俗を記し、各條の末に、太夫・格

吉原本寛文81668逸名吉原よぶこ鳥よしわらよぶこどり1926佐村/國書解題1986-07

吉原本寛文81668逸名吉原六法よしわらろっぽう1926佐村/國書解題1986-08

吉原本 寛文 1668 逸名 よし原六方 よしわらろっぽう 1936澁井/吉原本013 (澁井)写本を忍頂寺務氏所蔵。これは平出文庫の入札本で図柄の載っているものである。「奇書珍籍」吉原号に、「用捨箱」より引用木版挿画「定家」一葉を凸版にして、本書の全文(序文、本文)を挙げて詳解している。「吉原書籍目録」には闕張本を見て全本未見と言い、寛文

吉原本 寛文8 1668 よし原六方 よしわらろっぽう 2003石崎芳男/よしわら吉原349-13a 近世文学資料類従上中下34_35_36

吉原本 寛文八年 1668 よし原六方 よしはらろっぽう 1984野間/遊女評判記095-03 (野間)江戸正本屋…門板。「よぶこ鳥」に豫告す。六方言葉にて太夫の評判を記す。姿繪は菱川風。

吉原本 寛文8-延寶8 1668- 吉原呼子鳥 よしわらよぶこどり 2003石崎芳男/よしわら吉原349-02 近世初期遊女評判記集/近世文藝資料9○古典文庫

吉原本 寛文8-享保5 1668-1720 逸名 御穿鑿遊女諸事出入書留 ごせんさくゆうじょしょじでいりかきとめ 1976三田村鳶魚/未刊随筆百種08-221 町奉行に内申せる書上

吉原本 寛文八年 1668.00 逸名 吉原鑑[三版] よしわらかがみ 2009日本古典籍総合目録 1668寛文八年/吉原細見, K, 1, 評判記, 0

吉原本 寛文八年 1668.00 吉原こまざらへ よしわらこまざらい 1936澁井/吉原本023 (澁井)正本は著者の旧蔵である。「浮世絵芸術」第六号に本文を活字に挿画を縮写して掲載す。複製して「稀書複製会本」として第八期配本にあり。刊年不明なれども「うろこ形屋」開板、菱川師宣画とあれば、「讃嘲記」、「呼子鳥」と同年頃の出版と見られる。内容は俳人、侍

吉原本 寛文八年皐月中旬 1668.05 吉原よぶこ鳥 よしわらよぶこどり 1936澁井/吉原本019 (澁井)「禾舟文庫」に零本なれども所蔵。「軟派珍書往来」と昭和五年一月「あかほんや」第一号に「吉原よぶこ鳥」の発見として忍頂寺務氏の詳細なる紹介と挿画見通し一図を凸版にて掲ぐ。「吉原書籍目録」に「中本一冊紙数三十九張、巻中に寛文申のとしとある」云々と見湯

吉原本 寛文八年 1668.05 吉原よぶこ鳥 よしわらよぶこどり 1984野間/遊女評判記095-02 (野間)寛文八年皐月中旬、うろこ形屋加兵衛開板。「犬枕」を附す。所見本落丁、種彦の「用捨箱」にその跋を引く。

吉原本 寛文八年> 1668> 女秘傳 おんなひでん 1984野間/遊女評判記097-02 (野間)右三部、寛文書目の舞并草紙の部に、「こそぐり草」・「まさり草」/「都物語」等と併載したり。念のために記す。

吉原本 寛文八年> 1668> 恋の文盡 こいのふみづくし 1984野間/遊女評判記097-03 (野間)右三部、寛文書目の舞并草紙の部に、「こそぐり草」・「まさり草」/「都物語」等と併載したり。念のために記す。

吉原本 寛文八年> 1668> このてがしは このてがしわ 1984野間/遊女評判記096-06 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 高尾落し文 たかおおとしぶみ 1984野間/遊女評判記096-07 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原しもじも草 よしわらしもじもぐさ 1984野間/遊女評判記096-02 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原心がく抄 よしわらしんがくしょう 1984野間/遊女評判記096-04 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原玉手箱 よしわらたまてばこ 1984野間/遊女評判記096-03 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原太夫かせん よしわらたゆうかせん 1984野間/遊女評判記096-08 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原難波草 よしわらなにわぐさ 1984野間/遊女評判記096-05 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668> あざけり草 あざけりぐさ 1984野間/遊女評判記097-01 (野間) 右三部、寛文書目の舞并草紙の部に、「こそぐり草」・「まさり草」/「都物語」等と併載したり。念のために記す。

吉原本 寛文八年> 1668> 吉原かい合 よしわらかいあわせ 1984野間/遊女評判記096-01 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本 寛文八年> 1668c 遊女の大がい ゆうじょのたいがい 1936澁井/吉原本020 (澁井)「吉原書籍目録」に未見本として「よぶこ鳥」に「名ごりの雁そひねのつゝじ云々そのこと江戸にひろまりて今遊女の大がいと云ふ物の本にくはしく見えぬ」といふことあれば寛文八年より前に斯る冊子のありし歟」とある。

吉原本 寛文十年頃 1668c 遊女の大がい ゆうじょのたいがい 1984野間/遊女評判記097-05 (野間)右、「よぶこ鳥」に見ゆ。後者[品がわりよし原新評判]は、「松平大和守日記」に、「かはり評判」と記すものと同書か。

吉原本寛文10?1670吉原こまざらいよしわらこまざらい2003石崎芳男/よしわら吉原350-02a

吉原本寛文10以前1670吉原心乱抄よしわらしんらんしょう1926佐村/國書解題1986-08a

吉原本 寛文10以前 1670 吉原心乱抄 よしわらしんらんしょう 2003石崎芳男/よしわら吉原349-05 ○詳細不明

吉原本 寛文十一年以前 1670> 吉原心乱抄 よしわらしんらんしょう 1936澁井/吉原本027 (澁井)「吉原書籍目録」に「未見、寛文十年の「書目録」「吉原失墜」の引書に見えたり、仮名にて書ける所は「こゝろみだれ抄」とあり」云々とある。

吉原本 寛文十年頃 1670c 品がわりよし原新評判 しながわりよしはらしんひょうばん 1984野間/遊女評判記097-06 (野間)右、「よぶこ鳥」に見ゆ。後者[品がわりよし原新評判]は、「松平大和守日記」に、「かはり評判」と記すものと同書か。

吉原本 延寶? 1670s 大坂新町古今若女郎衆序 おおさかしんまちここんわかじょろしゅじょ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-04d 近世文学資料類従・下37

吉原本 天和元年* 1670s 菱川派、師宣 恋のつりばり こいのつりばりなりひら 1984野間/遊女評判記112-04 (野間)「高尾年代記」所引。但し天和元年の書目には、恋の釘[ママ]一冊として「枕ゑのたぐひ」中に出す。

吉原本延寶1670s藤本箕山吉原大鑑(色道大鏡)よしわらおおかがみ(しきどう〜)1911近世文藝叢書10-283-08/柳花通誌

吉原本延宝1670s しづめ石しづめいし1926佐村/國書解題1986-08s

吉原本 延寶初年 1670s 紫 雲尼(もろこし) しろがらす しろがらす 1984随筆百花苑12-013 (野間)延寶、天和の傾国四天王、一文字屋七郎兵衛の抱え唐土が退廓後に記す。遊女評判記、諸分秘伝書のいずれとも決し兼ねる。男(客)女(上臈)の思惑、悋気、痴話、心中、義理立ての捌き方。

吉原本 寛文11 1671.00 平金作 ぬれぼとけ ぬれぼとけ 2003石崎芳男/よしわら吉原349-09 ○ゑいりぬれぼとけと同じか

吉原本 寛文十一年亥ノ四月 1671.04 ぬれぼとけ ぬれぼとけ 1936澁井/吉原本025 (澁井)正本は小田氏文庫に完本三冊所蔵。渡辺霞亭氏旧蔵の中巻一冊本は先年売立の際杉本書店(大阪)落札。複製は「稀書複製会」第八期配本に全三冊収録。翻刻物は、「新従吾所好」第一篇花街篇に中巻不完全本一冊を、張る秋社発行「日本歌謡集成」第六巻に霞亭氏旧蔵本よ

吉原本 寛文十一年 1671.04 ぬれぼとけ ぬれぼとけ 1984野間/遊女評判記098-01 (野間)但し、天和元念の書目に四冊とあり。巻上・巻下本文の末尾に、「寛文十一年亥ノ四月」とあれど、板元名なし。

吉原本 寛文十一年> 1671> 吉原つれづれ草 よしわらつれづれぐさ 1984野間/遊女評判記096-09 (野間)以上、「松平大和守日記」寛文十一年九月十八日の條に、「吉原けいせい野郎の事書あつめし草紙の名、見し聞しをここに書、開板次第不同」として見ゆ。その内「吉原太夫かせん」は、寛文の書目に「一冊 吉原哥仙」として出すものと同じか。

吉原本寛文121672吉原丸裸よしわらまるはだか1926佐村/國書解題1986-08g

吉原本寛文121672又藏主作吉原丸裸よしわらまるはだか2003石崎芳男/よしわら吉原349-10

吉原本 寛文十二壬子年正月狐日 1672.01 吉原丸裸 よしわらまるはだか 1936澁井/吉原本029 (澁井)正本は著者所蔵。「吉原書籍目録」には未見として「新吉原常々艸」の引書に見え云々とある。「日本小説年表にも見ゆ。ひゞやよこ町はん木屋又右衛門の開板である。奥書に「今まて書たる吉原さうしにはくはしき事をかゝされは丸はたかにしてあれはせといへる人ありて

吉原本 寛文十二年 1672.01 吉原丸裸 よしわらまるはだか 1984野間/遊女評判記098-02 (野間)又藏主作。「寛文十二壬子正月狐日」、ひゝやよこ町はんきや又右衛門開板。元禄九年の書目に、「好色山入/丸はたか直し」といふ書を出す。未見。

吉原本 延寶年間 1673-1680 やつれをのこ やつれおのこ 1936澁井/吉原本035 (澁井)「山茶東雲」の引書に見ゆ。

吉原本 延寶二年 1674 室津遊廓記 しつしんゆうかくき 1984野間/遊女評判記099-01 (野間)「延寶第二季夏中浣、室津(しつしん)の獨座亭にして」、藤本箕山作。「色道大鏡」巻十三「遊廓圖 下」所収。

吉原本延寶21674逸名吉原失墜よしわらしっつい1926佐村/國書解題1985-08

吉原本 延寶二年甲寅二月中旬 1674 吉原失墜 よしわらしっつい 1936澁井/吉原本030 (澁井)正本は著者所蔵。「吉原書籍目録」「日本小説年表」に見ゆ。種彦自筆の写本の巻首の写真版が「東京新誌」第四号(大正十五年十二月)の口絵に掲げられ種彦自ら頭註を施している。翻刻本は「未刊随筆」に収めらる。大正十五年七月「江戸生活研究」に三田村氏の「吉原

吉原本延寶21674逸名吉原失墜よしわらしっつい1976三田村鳶魚/未刊随筆百種03-127

吉原本 延寶2 1674 富士屋 吉連 吉原失墜 よしわらしっつい 2003石崎芳男/よしわら吉原351-03i 未刊随筆百種03

吉原本 延寶二年 1674 嶌原太夫・手跡文章もんづくし しまばらたゆうしゅせきぶんしょうもんづくし 1984野間/遊女評判記099-02 (野間)十一月十日、洛陽好色軒序。太夫自筆の艶書を模刻す。書翰文範また名寄を兼ぬ。

吉原本 延寶二年 1674 新板・吉原しつゝい しんぱんよしわらしっつい 1984野間/遊女評判記098-03 (野間)富士屋吉連・油虫朝臣濡高氏勘太郎・頓敵朝臣ふくべ氏十太郎作。大傳馬三町目九左衛門板行。「徒然鐡槌」に擬したる評判。

吉原本 延寶二年> 1674> 江戸物語 えどものがたり 1984野間/遊女評判記099-09 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本延寶二年>1674>好金集こうきんしゅう1926佐村/國書解題1986-08m

吉原本 延寶二年以前 1674> 好金集 こうきんしゅう 1936澁井/吉原本031 (澁井)「吉原書籍目録」に「未見、「失墜」の注に見えたえば、延宝二年より前の書、寛文の末か」とある。

吉原本 延寶二年> 1674> 好金集 こうきんしゅう 1984野間/遊女評判記099-03 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> 白露ほどの恋草 しらつゆほどのこいくさ 1984野間/遊女評判記100-01 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> 題林集 だいりんしゅう 1984野間/遊女評判記099-07 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> なぞなぞ なぞなぞ 1984野間/遊女評判記099-06 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> 秘傳集 ひでんしゅう 1984野間/遊女評判記099-05 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> 柴垣集 しばがきしゅう 1984野間/遊女評判記099-08 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延寶二年> 1674> 奴問答 やっこもんどう 1984野間/遊女評判記099-04 (野間)以上、「しつゝい」に見ゆ。但し多くは雜書なるべし。

吉原本 延宝三年夏至 1675 山茶やぶれ笠 さんちゃやぶれがさ 1936澁井/吉原本034 (澁井)正本は岡本橘仙氏(京都)所蔵。作者は頓滴林、堺町菊屋七郎兵衛板なり。「稀書複製会」かれ複製出版の予定あり。「奇書珍籍」吉原号に本書の挿画歟として一部一部写真版を掲く。

吉原本 延寶三年 1675 山茶やぶれ笠 さんちゃやぶれがさ 1984野間/遊女評判記100-04 (野間)小石河住、山水氏頓滴林作。堺町菊屋七郎兵衛板。「大ざつしよ」に豫告出づ。

吉原本 延寶3 1675 吉原局惣鑑/遊女評判記集 よしわらつぼねそうかがみ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05g 天理図書館善本叢書和本11

吉原本 延寶三年 1675 吉原局惣鑑 よしわらつぼねそうかがみ 1984野間/遊女評判記100-02 (野間)作者家満□實信正。延寶三年孟春日、堺町板木屋七郎兵衛開板。

吉原本 延寶三年壬卯四月中旬 1675.04 吉原大ざつしよ よしわらおおざっしょ 1936澁井/吉原本033 (澁井)正本は岡本橘仙氏(京都)所蔵。それを「稀書複製会」に於て複製再版す。「奇書珍籍」吉原号に解題され、「吉原書籍目録」「日本小説年表」「師宣絵本年表」等に見ゆ。紙数四十五張、「三世相大雜書」に依って吉原の太夫格子百三十三人を評判したもの、毀誉褒貶の漫

吉原本 延寶三年 1675.04 吉原大ざつしよ よしわらおおざっしょ 1984野間/遊女評判記100-03 (野間)刊記、「延寶三年卯壬四月中旬」とのみありて、板元名を記さず。

吉原本 延寶3 1675.04 吉原大雜書 よしわらおおざっしょ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03b 近世文学資料類従・中36

吉原本 延寶三年頃 1675c さん茶時花集 さんちゃときばなしゅう 1984野間/遊女評判記101-05 (野間)以上、「やぶれ笠」に見ゆ。「さん茶時花集」は「大ざつしよ」以前、「あすか川」は「大ざつしよ」と前後するか。「色道大鏡」凡例に「葭原飛鳥川」(別本カ)・「八助」の名を擧ぐ。後者は元禄の書目に「八助あすか川」二冊と見えたり。また達磨屋の書目に、「呑舟

吉原本 延寶三年頃 1675c 百物がたり ひゃくものがたり 1984野間/遊女評判記101-04 (野間)以上、「やぶれ笠」に見ゆ。「さん茶時花集」は「大ざつしよ」以前、「あすか川」は「大ざつしよ」と前後するか。「色道大鏡」凡例に「葭原飛鳥川」(別本カ)・「八助」の名を擧ぐ。後者は元禄の書目に「八助あすか川」二冊と見えたり。また達磨屋の書目に、「呑舟

吉原本 延寶三年頃 1675c 古きつね ふるぎつね 1984野間/遊女評判記101-02 (野間)「大ざつしよ」に見ゆ。「丸はだか」の返書なるべし。

吉原本延寶三年頃 1675c萬年暦まんえんこよみ1926佐村/國書解題1986-08q

吉原本 延宝八年以前 1675c 萬年暦 まんねんごよみ 1936澁井/吉原本045 (澁井)「吉原書籍目録」によれば「吉原芥川」の引書に見ゆと。

吉原本 延寶三年頃 1675c 萬年暦 まんねんごよみ 1984野間/遊女評判記101-07 (野間)以上、「やぶれ笠」に見ゆ。「さん茶時花集」は「大ざつしよ」以前、「あすか川」は「大ざつしよ」と前後するか。「色道大鏡」凡例に「葭原飛鳥川」(別本カ)・「八助」の名を擧ぐ。後者は元禄の書目に「八助あすか川」二冊と見えたり。また達磨屋の書目に、「呑舟

吉原本 延寶三年頃 1675c よしはらつぼねてうつがひ よしはらつぼねちょうつがい 1984野間/遊女評判記101-01 (野間)「局惣鑑」に豫告出づ。

吉原本 延寶三年頃 1675c 吉原荒木船 よしわらあらきぶね 1984野間/遊女評判記102-02 (野間)右、いづれも「やぶれ笠」に豫告出づ。

吉原本 延寶三年頃 1675c 吉原うき世のさが よしわらうきよのさが 1984野間/遊女評判記102-03 (野間)右、いづれも「やぶれ笠」に豫告出づ。

吉原本 延寶三年頃 1675c 吉原黒白 よしわらくろしろ 1984野間/遊女評判記101-03 (野間)「大ざつしよ」に見ゆ。

吉原本 延寶三年頃 1675c 吉原しづめ石 よしわらしづめいし 1936澁井/吉原本047 (澁井)([外題]のみ)。

吉原本 延寶三年頃 1675c 吉原しづめ石 よしわらしづめいし 1984野間/遊女評判記102-01 (野間)「大ざつしよ」・「やぶれ笠」に豫告出づ。「人たばね」に見ゆ。

吉原本 延宝5 1677 近行 遠通 江戸雀 えどすずめ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-07y 日本随筆大成2期

吉原本 延寶5 1677 伽羅枕・下 きゃらまくら 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05h 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 延寶5 1677 たきつけ草、もえくゐ、けしすみ たきつけぐさもえくゐけいすみ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03c 近世文学資料類従・中36

吉原本 延寶五年 1677.00 芥子鹿子 けしかのこ 1936澁井/吉原本036 (澁井)正本は著者所蔵。

吉原本延寶五年1677.00 けし鹿子けしかのこ1926佐村/國書解題1986-08r

吉原本 延寶五年 1677.00 芥子鹿子 けしかのこ 1984野間/遊女評判記103-01 (野間)都鳥作。

吉原本延寶五年1677.10きのふの夢きのうのゆめ1926佐村/國書解題1986-08i

吉原本 延寶五巳年十月 1677.10 きのふの夢 きのうのゆめ 1936澁井/吉原本037 (澁井)順風軒随時庵可申子の作、憐庵可習の跋文あり。「吉原書籍目録」に見え、「是は若き男と老たる男と吉原よりかへるさに遊女の論をなしゝを聞き書きにしたるなり、和文めきたるかきざまなり。おもしろからねど、印文の俗文にはまされり」と云う。延宝五年初冬刊行の島

吉原本 延寶五年 1677.10 きのふの夢 きのうのゆめ 1984野間/遊女評判記102-07 (野間)順風随時軒可申作、憐庵可習跋。種彦の「吉原書籍目録」に出づ。「たきつけ」を吉原物に直したる諸分秘傳書か。

吉原本 延寶五年 1677a 田中氏(洛陽) たきつけ …もえぐゐ…けしずみ たきつけもえぐいけしずみ 1984野間/遊女評判記102-04 (野間)右三部の書、洛陽西洞印夷川角、田中氏板。諸分秘傳書。

吉原本 延寶五年 1677a もえぐゐ … たきつけもえぐいけしずみ 1984野間/遊女評判記102-05 (野間)右三部の書、洛陽西洞印夷川角、田中氏板。諸分秘傳書。

吉原本 延宝五年 1677a けしずみ … たきつけもえぐいけしずみ 1984野間/遊女評判記102-06 (野間) 右三部の書、洛陽西洞印夷川角、田中氏板。諸分秘傳書。

吉原本延宝81678胡椒頭巾こしょうずきん1926佐村/國書解題1986-08u

吉原本延寶61678逸名吉原戀の道引よしわらこいのみちひき1911近世文藝叢書10-283-13/柳花通誌

吉原本 延寶六年午正月吉辰 1678.01 山茶よし垣 さんちゃよしがき 1936澁井/吉原本038 (澁井)正本は著者所蔵。「弘文莊待賈古書目」第二号に内容の一部を写真版として、巻頭本文一頁と挿画見通し一図とを紹介す。奥附に「通油町有文」とあるのみにて板元の名はない。「作者立派書」の書名あり。

吉原本 延寶六年 1678.01 山茶よし垣 さんちゃよしがき 1984野間/遊女評判記105-04 (野間)「延寶六年戊午正月吉辰」、「通油町有之」とありて板元名不祥。作者立派[りつは]署名。

吉原本 延寶六年以前 1678> いなかものとはずがたり いなかものとわずがたり 1936澁井/吉原本039 (澁井)「山茶よし垣」に見ゆ。

吉原本 延寶六年以前 1678> いなかものとはずがたり いなかものとわずがたり 1984野間/遊女評判記103-02 (野間)「芥子鹿子」の返答書。「山茶よし垣」に見えたれば、是歳の板行か。

吉原本 延寶六年以前 1678> いなかものとはずがたり いなかものとわずがたり 1984野間/遊女評判記105-03 (野間)延寶六年刊「山茶よし垣」に見ゆ。延寶五年頃板行か。

吉原本 延寶六年> 1678> ゑのこ草 えのこぐさ 1984野間/遊女評判記103-09 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 朧夜の友 おぼろよのとも 1984野間/遊女評判記104-02 (野間)桑門江齋休甫(津田休甫)作。右二書、「色道大鏡」巻十三「攝州大坂瓢箪町」の條に見ゆ。

吉原本 延寶六年以前 1678> 小手巻 こてまき 1984野間/遊女評判記103-06 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 四二物語[しのに] しのにものがたり 1984野間/遊女評判記105-02 (野間)「色道大鏡」巻十六「道統譜」に見ゆ。六條時代の太夫(長島・出羽・小藤)の記事ありといふ。但し同名の書、東北大學圖書館狩野文庫にあれど、別本なり。

吉原本 延寶六年以前 1678> なたて草 なたてぐさ 1984野間/遊女評判記103-11 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 無款 寝覺床 ねざめのとこ 1984野間/遊女評判記103-05 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 白鳥 はくちょう 1984野間/遊女評判記103-10 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> はらすぢ はらすじ 1984野間/遊女評判記103-08 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 麻姑の手 まごのて 1984野間/遊女評判記103-07 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 山鳥物語 やまどりものがたり 1984野間/遊女評判記103-04 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 鼬鼠論 ゆうそろん 1984野間/遊女評判記105-01 (野間)寛文初年、風呂屋京都に十五軒、大阪に十六軒、京都に風呂屋四天王の名を擧ぐ。右、「色道大鏡」巻十四「雜女部」風呂屋女篇に見ゆ。

吉原本 延寶六年以前 1678> 無用草[いたづらさ] いたづらぐさ 1984野間/遊女評判記103-03 (野間)以上、延寶六年十月の序ある「色道大鏡」巻一凡例に、「此書より以前、世間に落ちる當道の書目」の中に擧ぐ。「無用草」・「山鳥物語」の二書は、「左縄」(正保年間)と「難波物語」(明暦元年刊)との間に、また「寝覺床」・「小手巻」の二書は、「寝物語」(明暦

吉原本 延寶六年以前 1678> 何首座(なにしゆそ)作 瓢箪町の記 ひょうたんまちのき 1984野間/遊女評判記104-01 (野間)桑門江齋休甫(津田休甫)作。右二書、「色道大鏡」巻十三「攝州大坂瓢箪町」の條に見ゆ。

吉原本 延寶六年 1678a 吉原恋の道引 よしわらこいのみちひき 1981国文学381小森隆吉214-06 (小森)(3)

吉原本延寶六年清明月1678a菱川師宣吉原戀の道引よしわらこいのみちびき1930蘇武/吉原風俗資料071

吉原本 延寶六年清明日 1678a 吉原恋の道引 よしわらこいのみちびき 1936澁井/吉原本040 (澁井)正本は帝国図書館(午、六三)に特別本として所蔵。その他坊間にも往々伝本あり。帝国図書館蔵本を底本とし「稀書複製会」第四期に複製刊行され詳細なる解説を附す。国書刊行会「江戸時代文芸資料l」第四に翻刻され、又大鳳閣本「花街風俗叢書」江戸篇上にも原本を

吉原本 延寶六年 1678a 菱川 師宣畫 吉原恋の道引 よしわらこいのみちびき 1984野間/遊女評判記106-01 (野間)延寶六年清明日、通油町本問屋開板。名所案内記。菱川師宣畫。

吉原本 延寶6 1678a 吉原恋の道引 よしわらこいのみちびき 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03d 近世文学資料類従・中36○吉原絵草紙とも

吉原本安永91679以登州而名隣撰全盛東花色里名所鑑ぜんせいあずまのはないろざとめいしょかがみ1911近世文藝叢書10-329-05/かくれざと

吉原本 延寶七年 1679 嶋原・評判やりくり草 しまばらひょうばんやりくりぐさ 1984野間/遊女評判記106-03 (野間)但し下巻のみ傳存。諸分秘傳書。。上巻に遊女評判ありしか。奥書「延寶七稔/己未/十一月吉日」とありて、板元名を削りしが如し。

吉原本 延寶八年 1680 大てんぐ おおてんぐ 1984野間/遊女評判記109-03 (野間)「人たばね」に豫告、「歌仙」に引用あり。散茶評判なり。

吉原本 延寶八年 1680 色道・古銀買難波鉦返答 しきどうこがねかい 1984野間/遊女評判記108-02 (野間)「延寶八天庚申五月日」、立分軒[りうぶん]軒深眞[じんしん]翁自序。大阪河合正俊板。

吉原本 延寶8 1680 なには鉦 なにわどら 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03e 近世文学資料類従・中36

吉原本 延寶8 1680 難波鉦返答古銀買 なにわどらへんとうこがねかい 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03f 近世文学資料類従・中36

吉原本延寶81680都鳥吉原あくた川よしわらあくたがわ1926佐村/國書解題1984-05

吉原本 延寶8 1680 吉原下職原 よしわらかしょくげん 2003石崎芳男/よしわら吉原350-03g 近世文学資料類従・中36

吉原本 延寶八年 1680 色道諸分・なには鉦 しきどうしょわけなにわどら 1984野間/遊女評判記108-01 (野間)酉水庵無底居士作。水月庵迷色居士序、一生軒不埒後序、洛下南華軒跋。元禄九年の書目に、西澤太兵衛板とあり。「秘傳書」の改作なり。

吉原本 延寶八年 1680 よしはらつぼねてうつがい よしはらつぼねちょうつがい 1984野間/遊女評判記109-02 (野間)「人たばね」に見ゆ。

吉原本 延寶八年 1680 吉原人たばね よしわらひとたばね 1984野間/遊女評判記109-01 (野間)新作者今宮からす・二番町之住人新作者おもハれ氏いやいや与作・霞ケ關住人そこらで主馬藏。「芥川」以前の作なれば、是歳の刊行と推定す。

吉原本 延寶八年 1680 吉原山茶本草 よしわらやまちゃほんぞうなよせ 1984野間/遊女評判記107-02 名寄(野間)延寶八庚申孟春、鶴屋板。「吉原歌仙」にその名見ゆ。天保九年九月、尾張の耽古社中より模刻頒布したるものあり。さん茶女郎を草・鳥・獣・魚・蟲・器・飲食に見立て、末尾に「禁煙開板のらいてんに載する所の女郎ハ大かた略す。但評判の落たるをバ、これをくわふる

吉原本 延宝八庚申孟春 1680.02 さん茶評判・胡椒頭巾 さんちゃひょうばんこしょうづきん 1936澁井/吉原本041 (澁井)鶴屋板、菱川吉兵衛画。「奇書珍籍」吉原号に解題あり。「吉原評判」の項参照。「吉原書籍目録」に「標題の意は口をあかせぬといふ事なるべし、序に「近年開板のらいでんに載る所の序郎は大かた略す云々」、末にさんちゃ本草として遊女を食類に見立しことあり」云々

吉原本 延寶八年 1680.02 さん茶評判・胡椒頭巾 さんちゃひょうばんこしょうづきん 1984野間/遊女評判記107-01 (野間)江戸鶴屋板。「吉原書籍目録」に、「末にさんちや本草として、遊女を食物に見立しことあり」といふも、これは一枚摺にして別ものか。

吉原本 延寶八年三月廿一日 1680.03 吉原歌仙 よしわらかせん 1984野間/遊女評判記108-03 (野間)延寶八年三月廿一日、散茶名寄歌仙興行、六月その評を加ふ。從つて刊行は七月以後か。落丁本、刊記不明。書中屡々「胡椒頭巾」・「らいでん」・「大てんぐ」を引く。

吉原本 延寶八年 1680.07 いたづら坊作 山茶徒坊評判 さんちゃいたずらぼうひょうばん 1984野間/遊女評判記108-04 (野間)いたづら坊作。

吉原本 延寶八年庚申仲秋日 1680.07 山茶徒坊評判 さんちゃいたづらぼうひょうばん 1936澁井/吉原本042 (澁井)中本、丁数二十八丁、内挿画三葉。序末に「太夫さんちゃふりみふらずみさだめなきくぜつぞふりのはじめなりける」とあり、又跋末に「たゞたのめよしや吉原の女郎どもいたづら坊あらんかぎりは延宝八年庚申仲秋日」とある。散茶の評判記で、他の冊子に比し遊女の数も

吉原本延宝八年以前*1680c古狐ふるぎつね1926佐村/國書解題1986-08p

吉原本 延宝八年以前* 1680c 古狐 ふるぎつね 1936澁井/吉原本046 (澁井)「吉原書籍目録」によれば「吉原芥川」の引書に見ゆと。

吉原本 延宝八年頃 1680c 吉原芥川 よしわらあくたがわ 1936澁井/吉原本044 (澁井)「吉原書籍目録」に「作者「都鳥」とあり、闕張本を見て年号は知らざれども、次に載せし延宝九年の印本「下職原」に、此頃出でしよし記したれば、延宝八年頃の印本なるべし」云々とある。「奇書珍籍」吉原号に解題あり。「高尾考」に「新吉原幕揃」として高尾評判の

吉原本 延宝八年頃 1680c 吉原あくた川 よしわらあくたがわ 1984野間/遊女評判記110-04 (野間)題簽を闕く。巻頭「吉原あくた川名寄」と題して、作者あさちが原かうけつむあん/せんしやう山どうらくじとんせい坊/の一文あり。これは、あさちが原角田川の住人都鳥と同人にて、「人たばね」の作者なり。「此あとにいだす評判」とて、さん茶たいないさがし・太夫

吉原本延寶八年頃1680cらいでんらいでん1926佐村/國書解題1986-08t

吉原本 延宝年間 1680c らいでん らいでん 1936澁井/吉原本043 (澁井)「吉原書籍目録」に未見書として、「別記延宝八年の「胡椒頭巾」の序に、近年開板とあれば、延宝五、六年頃の印本歟、役者評判にも「いかづち評判」というありて、きびしく評したる題意なり。これもさん茶女郎の評書なるべし」とある。

吉原本 延寶八年頃 1680c らいでん らいでん 1984野間/遊女評判記107-03 (野間)都鳥作。「胡椒頭巾」に見ゆ。

吉原本 元禄初期 1680s 諸国遊里・好色由来揃 しょこくゆうりこうしょくゆらいぞろい 1936澁井/吉原本286 (澁井)大鳳閣版「花街風俗叢書」に翻刻す。

吉原本貞享1680s記露齋 龍頭筆じゃみせんふでじゃみせん1984随筆百花苑12-305

吉原本 天和1 1681 おもはく哥合 おもわくうたあわせ 2003石崎芳男/よしわら吉原349-11 遊女評判記集/天理叢書11

吉原本 延寶9 1681 長崎土産 ながさきみやげ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-04e 近世文学資料類従・下37

吉原本延寶91681若信吉原下職原よしわらかしょくげん1926佐村/國書解題1985-03

吉原本 延寶9 1681 吉原三茶三幅一対 よしわらさんちゃさんぷくいっつい 2003石崎芳男/よしわら吉原350-04c 近世文学資料類従・下37

吉原本 延宝九年酉三月上旬 1681.03 吉原下職原 よしわらかしょくげん 1936澁井/吉原本048 (澁井)正本は明治三十九年三月発行「高潮」第二号に第二回珍書研究会林縫之助出品に見えている。作者は若信、そうしや権右衛門開板である。「吉原書籍目録」に紙数三十三張とあり「日本小説年表」にも見ゆ。「軟派珍書往来」に解題あり。本書は云う迄もなく「職原抄」に倣

吉原本 天和元年 1681.03 吉原下職原 よしわらかしょくげん 1984野間/遊女評判記111-01 (野間)延寶八年若信序。米河岸住人ほんほち氏大ぬれや茂助自跋。三月上旬、さうしや權左衛門板。「芥川」の返答なり。

吉原本延寶91681.09逸名吉原三茶一幅一對よしわらさんちゃいっぷくいっつい1926佐村/國書解題1985-06

吉原本 延宝九年 1681.09 吉原三茶三幅一對 よしわらさんちゃさんぷくいっつい 1936澁井/吉原本049 (澁井)「吉原書籍目録」に「太夫、格子を載せず、散茶といふ遊女のみの評判なり、三幅対とは当時さんちゃ女郎をさしていふなり、天和板菱川の「百人女郎」にあり、近くは「石井盟どうし」にありとぞ」とある。

吉原本 天和元年 1681.09 玉門寺隠居 吉原三茶三幅一對 よしわらさんちゃさんぷくいっつい 1984野間/遊女評判記110-02 (野間)作者玉門寺隠居自序。江戸升屋跋、開板。

吉原本 天和元年 1681a 大坂新町・古今若女郎衆序 おおさか しんまちここんわかじょろしゅじょ 1984野間/遊女評判記111-03 (野間)大阪深江屋太郎兵衛板。「古今集」假名序に擬して、古今の名妓・大臣等を評判す。

吉原本 天和元年 1681a おもハく哥合 おもわく うたあわせ 1984野間/遊女評判記110-01 (野間)判者上薗ノ鶯。京山本勝左衛門板。京野郎遊女の評判を歌合に擬したるもの。貞享二年の書目に、「東西烏合/女郎野郎/評判」と見ゆるもの、即ち本書か。

吉原本 天和元年 1681a けんどんへつひりむし けんどんへつぴりむし 1984野間/遊女評判記113-04 (野間)以上、「あくた川」に豫告出づ。但し「太夫つなぎ馬」は、「人たばね」にも既に豫告あり。「よしはら高ばなし」は、一名「かい手ぶさはい鏡」・「吉原とはずがたり」・「よしはらかうくわい記」・「ひとり狂人」・「諸人身のかなしみ」・「吉原尤草」ともいふ。

吉原本 天和元年 1681a 嶋原評判・朱雀遠眼鏡 しまばらひょうばんしゅじゃかとおめがね 1984野間/遊女評判記109-04 (野間)刊記、刊年のみにて、板元を記さず。元禄九年の書目に、永原屋とあり。評判の外に、細見圖・名寄あり。

吉原本 天和元年 1681a 嶋原評判・朱雀遠眼鏡跡追 しまばらひょうばんしゅじゃかとおめがねあとおい 1984野間/遊女評判記112-02 (野間)但し下巻のみ一見。「朱雀遠目鏡」の跡追ひなれば、是歳の板行か。

吉原本 天和元年 1681a 嶋原紋日・朱雀諸分鑑 しまばらもんびしゅじゃかしょわけかがみ 1984野間/遊女評判記111-02 (野間)朱雀野人自序・自跋。京萬屋庄兵衛・丸屋源兵衛板。諸分秘傳書にして名寄を兼ぬ。下巻には、島原の紋日、買手の評判を附す。

吉原本 天和元年 1681a 女郎むかふかゞみ じょろうむこうかがみ 1984野間/遊女評判記113-03 (野間)以上、「あくた川」に豫告出づ。但し「太夫つなぎ馬」は、「人たばね」にも既に豫告あり。「よしはら高ばなし」は、一名「かい手ぶさはい鏡」・「吉原とはずがたり」・「よしはらかうくわい記」・「ひとり狂人」・「諸人身のかなしみ」・「吉原尤草」ともいふ。

吉原本 天和元年 1681a 太夫つなぎ馬 たゆうつなぎうま 1984野間/遊女評判記113-02 (野間)以上、「あくた川」に豫告出づ。但し「太夫つなぎ馬」は、「人たばね」にも既に豫告あり。「よしはら高ばなし」は、一名「かい手ぶさはい鏡」・「吉原とはずがたり」・「よしはらかうくわい記」・「ひとり狂人」・「諸人身のかなしみ」・「吉原尤草」ともいふ。

吉原本 天和元年 1681a 長崎土産 ながさきみやげ 1984野間/遊女評判記112-01 (野間)「延寶九辛酉六月吉日」長崎住序。「辛酉秋八月」前惡性大臣嶋原金捨自序。延寶七年夏初めて長崎下りしたる金捨の草稿を長崎の住人増補して上梓すといふ。丸山・寄合町の案内記・女郎評判・名寄・歌合等多方面にわたる。金捨を藤本箕山に擬する説あれど、箕山の長崎

吉原本 天和元年 1681a 懐鑑 ふところかがみ 1984野間/遊女評判記113-06 (野間)「好色一代男」(天和三年刊)所見、新町の評判なり。然らば天和二年以前の刊行なるべし。

吉原本 天和元年 1681a よしはら高ばなし よしはらたかばなし 1984野間/遊女評判記113-05 (野間)以上、「あくた川」に豫告出づ。但し「太夫つなぎ馬」は、「人たばね」にも既に豫告あり。「よしはら高ばなし」は、一名「かい手ぶさはい鏡」・「吉原とはずがたり」・「よしはらかうくわい記」・「ひとり狂人」・「諸人身のかなしみ」・「吉原尤草」ともいふ。

吉原本 天和元年 1681a 伽羅包 きゃらつつみ 1984野間/遊女評判記110-03 (野間)但し下巻のみ傳存。江戸本問屋板。「たきつけ」を吉原物に改めたる諸分秘傳書。

吉原本 天和元年 1681a さんちやうたゝね さんちゃうたたね 1984野間/遊女評判記113-01 (野間)「三茶三幅一對」に豫告出づ。

吉原本 天和元年 1681a しもく丁評判・うき世敲鐘 しもくちょうひょうばんうきよこうしょう 1984野間/遊女評判記112-03 (野間)「遠目鏡跡追」に豫告出づ。伏見撞木町の評判なるべし。

吉原本 天和二年 1682 淺草川土取川 あさくさがわつちとりがわ 1984野間/遊女評判記114-04 (野間)以上、「買もの調」に豫告出づ。

吉原本 天和二年五月 1682 長唄古今集 ながうたこきんしゅう 1936澁井/吉原本052 (澁井)正本嘗て渡辺庄三郎氏所蔵。それを複製して稀書複製会第三期配本として刊行され、井上和雄氏解説を附す。又翻刻して「日本歌謡集成」第六に収めらる。「菱川師宣絵本年表」に於て田中喜作氏は、延宝年間の刊行と信ずる旨を主張す。板元わしや。

吉原本天和21682逸名吉原買物調よしわらかいものしらべ1926佐村/國書解題1984-12

吉原本 天和二年 1682 吉原買もの調 よしわらかいものしらべ 1936澁井/吉原本051 (澁井)種彦自筆々写本が「一誠堂創業30周年記念展覧書目に「画三張とも紙数十五張」とあり。

吉原本 天和二年 1682 四万六千人 吉原買もの調 よしわらかいものしらべ 1984野間/遊女評判記114-02 (野間)作者四万六千人跋。柳亭種彦寫本の柳翁標注に、天和二年の作なることを考證す。

吉原本 天和2 1682 吉原買もの調 よしわらかいものしらべ 2003石崎芳男/よしわら吉原350-05i 遊女評判記集/天理図書館善本叢書和本11

吉原本 天和二年 1682 山の八 恋慕水鏡 れんぼみずかがみ 1984野間/遊女評判記114-01 (野間)山の八作。諸分秘傳・逸話・艶書文範。元禄九年の書目に、文臺屋板と記す。

吉原本 天和二年 1682 小夜清水 さよしみず 1984野間/遊女評判記114-03 (野間)以上、「買もの調」に豫告出づ。

吉原本 天和三年 1683 さん茶たいないさがし さんちゃたいないさがし 1984野間/遊女評判記115-04 (野間)「あくた川」・「大豆俵評判」に豫告出づ。

吉原本 天和三年 1683 島原大和こよみ しまばらやまとこよみ 1984野間/遊女評判記115-01 (野間)「たきつけ」・「もえぐひ]・「けしずみ」の作者の手に成るか。島原年中行事の解説。京一條通和氣屋長兵衛板。

吉原本天和31683逸名島原大和暦 全3しまばらやまとごよみ1911近世文藝叢書10-365

吉原本 天和三年 1683 つぼね開山記 つぼねかいざんき 1984野間/遊女評判記115-03 (野間)「人たばね」・「大豆俵評判」に豫告出づ。

吉原本 天和三年 1683 局總まくり つぼねそうまくり 1984野間/遊女評判記115-05 (野間)以上、「大豆俵評判」に豫告。

吉原本天和31683戸田茂睡作紫の一本むらさきのひともと1911近世文藝叢書10-283-14/柳花通誌

吉原本 天和三年 1683 吉原鏡ケ池 よしわらかがみがいけ 1984野間/遊女評判記115-02 (野間)世を捨坊主作。江戸正本屋十右衛門板。

吉原本天和31683派分吉原大豆俵よしわらだいずたわら1926佐村/國書解題1985-13

吉原本 天和三年 1683 吉原ふせ石 よしわらふせいし 1984野間/遊女評判記115-06 (野間)以上、「大豆俵評判」に豫告。

吉原本 天和三年初夏 1683.04 吉原大豆俵 よしわらだいずだわら 1936澁井/吉原本053 (澁井)伝本不明、写本として大正十五年十一月名古屋「平出文庫」売立目録に見え、更に昭和八年十一月種彦自筆写本が「一誠堂創業三十周年記念展」に出品さる。「吉原書籍目録」に「例の評書なり、巻尾に此あとの「つぼね開屋@記」「さん茶たいないさがし」「惣まくり」出来

吉原本 天和三年 1683.04 (都鳥) 吉原大豆俵評判 よしわらだいずだわら 1984野間/遊女評判記114-05 (野間)作者不申共御推氏(都鳥)自序。

吉原本 天和三年霜月吉祥日 1683.11 吉原鏡ケ池 よしわらかがみがいけ 1936澁井/吉原本054 (澁井)正本は著者所蔵。「吉原書籍目録」に未見とし、「「五十四君」の引書に見えたれば貞享の初めの印本なるべし」とあり。「弘文莊待賈古書目」第二号に挿画の一部見通し図一ケ所と本文の一部二頁写真版として載す。堺町正本屋十右衛門の板行である。

吉原本 貞享元年 1684 好原女郎花→好色女郎花 こうしょくおみなえし 1936澁井/吉原本056 (澁井)「綿延文庫」に残缺本一冊所蔵、震災焼失、冊数不明なれども、多分三冊か五冊ありしものか。「奇書珍籍」吉原号に本文の一節と挿画見通し一図凸版として採録解題す。

吉原本 貞享元年 1684 好色女郎花 こうしょくおみなえし 1984野間/遊女評判記116-02 (野間)「あくた川」の豫告に「つぼねおみなへし」と見えたるものか。「不殘記」序にその名見ゆ。

吉原本 貞享元年 1684 内證論 ないしょうろん 1984野間/遊女評判記116-05 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享元年 1684 後の白鳥 のちのはくちょう 1984野間/遊女評判記116-07 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享元年 1684 嶋原懐草 しまばらふところぐさ 1984野間/遊女評判記116-06 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享元年 1684 太夫前巾着 たゆうまえきんちゃく 1984野間/遊女評判記116-03 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享元年 1684 松梅鹿懐案内 まつうめしかふところあんない 1984野間/遊女評判記116-08 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享元年 1684 遊女割竹集 ゆうじょわりたけしゅう 1984野間/遊女評判記116-04 (野間)以上、「好色二代乙男」(貞享元年四月刊)に出づ。いづれも貞享元年前後の刊行なるべし。その内「松梅鹿懐案内」のみ新町の評判記にして、他はすべて島原のそれといふ。「前巾着」は伏見の浪人の作、「割竹集」は一條の甚入道の作、「内證論」は柳の九市の作なりと

吉原本 貞享二年> 1685 祇園丸はだか ぎおんまるはだか 1984野間/遊女評判記117-04 (野間)以上、貞享二年の書目「好色之類并楽事の部」に出づ。

吉原本 貞享二年> 1685> 島原袖かゞみ しまばらそでかがみ 1984野間/遊女評判記117-02 (野間)以上、貞享二年の書目「好色之類并楽事の部」に出づ。

吉原本 貞享二年> 1685> しらやき草 しらやきぐさ 1984野間/遊女評判記117-01 (野間)以上、貞享二年の書目「好色之類并楽事の部」に出づ。

吉原本 貞享二年> 1685> 茶屋友りんき ちゃやともりんき 1984野間/遊女評判記117-03 (野間)以上、貞享二年の書目「好色之類并楽事の部」に出づ。

吉原本 貞享三年 1686 大ひでり おおひでり 1984野間/遊女評判記117-08 (野間)以上、「酒てんどうじ」に見ゆ。「小さかづき」のみ新艘評判にて、他はすべて年増女郎の評判なりと。この内「なわしろ水」の名は、元禄三年刊の「不殘記」序にも見ゆ。

吉原本貞享31686河原崎權之助古風今様・舞曲扇林こふういまようぶきょくせんりん1980続燕石十種3-129

吉原本 貞享3[元禄5.06] 1686 鹿野武左衛門 鹿の巻筆 しかのまきふで 1979燕石十種6-213 巻三の三話が原因で大島へ流罪。

吉原本 貞享四年 1686 色里夢想鏡 いろざとむそうかがみ 1984野間/遊女評判記119-02 (野間)「攝陽奇観」巻二十三に引く。一名「新町女郎名寄獨案内」。

吉原本 貞享四年 1686 榮花物語 えいがものがたり 1984野間/遊女評判記119-03 (野間)「源氏五十四君」に豫告。

吉原本 貞享三年 1686 小さかづき こさかづき 1984野間/遊女評判記117-09 (野間)以上、「酒てんどうじ」に見ゆ。「小さかづき」のみ新艘評判にて、他はすべて年増女郎の評判なりと。この内「なわしろ水」の名は、元禄三年刊の「不殘記」序にも見ゆ。

吉原本 貞享三年 1686 女郎草 じょろうくさ 1984野間/遊女評判記118-01 (野間)貞享三年刊「好色三代男」巻一に見ゆ。俳諧師の作らしくも不祥。

吉原本 貞享三年 1686 だいばぼん だいばぼん 1984野間/遊女評判記117-06 (野間)以上、「酒てんどうじ」に見ゆ。「小さかづき」のみ新艘評判にて、他はすべて年増女郎の評判なりと。この内「なわしろ水」の名は、元禄三年刊の「不殘記」序にも見ゆ。

吉原本 貞享三年 1686 なわしろ木 なわしろき 1984野間/遊女評判記117-07 (野間)以上、「酒てんどうじ」に見ゆ。「小さかづき」のみ新艘評判にて、他はすべて年増女郎の評判なりと。この内「なわしろ水」の名は、元禄三年刊の「不殘記」序にも見ゆ。

吉原本 元禄元年 1686 胸の焼つけ むねのやきつけ 1984野間/遊女評判記119-05 (野間)貞享五年刊「好色盛衰記」に見ゆ。大津柴屋町の評判なり。是歳以前の板行なるべし。

吉原本 貞享四年 1686 吉原源氏五十四君 よしわらげんじごじゅうよきみ 1984野間/遊女評判記118-03 (野間)淺茅尼序。貞享四卯年其角(奥書)。巻末に「源氏之外榮花物語之州」として、新造五十一人の評判を豫告す。

吉原本 貞享三年 1686 吉原酒てんどうじ よしわらしゅてんどうじ 1984野間/遊女評判記117-05 (野間) 「寅ノ四月」、淺草住不長徳序。新艘評判なり。挿畫は石川流宣か。末尾落丁あるものの如し。

吉原本 貞享四年 1687 山茶東雲 さんちゃしののめ 1936澁井/吉原本057 (澁井)正本は著者所蔵。

吉原本 貞享四年 1687 山茶東雲 さんちゃしののめ 1984野間/遊女評判記119-01 (野間)刊記、「貞享四卯暦」、「大傳馬三丁目」とのみ。

吉原本 貞享四年 1687 朱雀信夫摺 しゅじゃかしのぶずり 1984野間/遊女評判記118-02 (野間)「貞享第四秋九月日」序。評判好色軒、文法南花軒。巻首に「女郎名寄」を出、目録に代る。南花軒跋。附禄「太皷之批判」好色軒述。刊記「貞享四年九月下旬板行」とのみありて、板元名なし。

吉原本貞享41687其角吉原源氏五十四君よしわらげんじごじゅうしくん1980続燕石十種2-285

吉原本貞享41687吉原源氏五十四君よしわらげんじごじゅうしくん2003石崎芳男/よしわら吉原350-04f

吉原本 貞享4 1687 榎本 其角 吉原源氏五十四君 よしわらげんじごじゅうしくん 2003石崎芳男/よしわら吉原352-02i 続燕石十種2

吉原本貞享41687榎本其角吉原源氏五十四君よしわらごじゅうしくん1926佐村/國書解題1985-04

吉原本 貞享四卯年 1687.00 吉原源氏五十四君 よしわらげんじごじゅうよきみ 1936澁井/吉原本058 近世文学資料類従・下37(澁井)種彦の手沢本が帝国大学図書館に所蔵さる。これを底本として「珍書保存会」にて謄写版にて印行す。又翻刻して国書刊行会第一期配本「続燕石十種」第二に収めらる。「奇書珍籍」吉原号及び「日本文学大辞典」」に解説あり、「吉原書籍目録」「日本小説年表」「高尾年

吉原本 貞享5 1688 逸名 諸國色里案内 しょこくいろざとあんない 1993田口章子/國文学-解釈と教材の研究132-03 未刊文藝資料

吉原本元禄1688-1703逸名吉原大ざつ書よしわらおおざっしょ1926佐村/國書解題1984-09

吉原本元禄1688-1703逸名吉原大笑遠慮よしわらおおわらいえんりょ1926佐村/國書解題1984-10

吉原本元禄1688-1703逸名吉原百人一首よしわらひゃくにんいっしゅ1926佐村/國書解題1986-04

吉原本 元禄二巳年三月吉日 1689 新吉原常々草 しんよしわらつねづねぐさ 1936澁井/吉原本059 (澁井)正本帝国図書館所蔵、其他坊間に伝本多し。複製に「珍書保存会」本あり、又「奇書珍籍」吉原号に挿画一葉凸版にて載せ解題あり、「吉原書籍目録」「日本小説年表」にも見ゆ。作者は磯貝捨若、水谷氏は西鶴の自画作かと言う。一代男世之助註などと巫戯気分で作ったも

吉原本 元禄三年 1690 白地 あからさま 1984野間/遊女評判記122-01 (野間)「不殘記」に豫告出づ。

吉原本 元禄三年> 1690 吉原不残記 よしわらのこらずき 1936澁井/吉原本062 (澁井)大正四年五月発行「ほんや」第一巻第二号所載「遊女風俗展覧会陳列図書目録」に渡辺霞亭氏所蔵とあり。これには小本一冊とし、遊女の評判で絵が二所あり、奥附はないが寶暦三年板と書いてあると出ているが、本書は「金剛砂」の引書に見えているから恐らく元禄三年の

吉原本 元禄三年 1690 吉原不殘記 よしわらのこらずき 1984野間/遊女評判記121-03 (野間)石川流宣作。「金剛砂」に見ゆ。

吉原本 元禄三年 1690 一切經 いっさいきょう 1984野間/遊女評判記121-04 (野間)「不殘記」に見ゆ。

吉原本 元禄三歳中秋吉天 1690.08 金剛砂 こんごうしゃ 1936澁井/吉原本061 (澁井)板本は通油町佐藤四郎右衛門、作者は、(以下小字)東都下久(以下普通文字)富長軒可栄(以下小字)同住うらこと(以下普通文字)懸河昔捨若の両作。言うまでもなく吉原評判記の一種、他に類本なきを以て参考として序文全文を挙ぐ。  金剛砂巻之一序 江戸町 仏あ

吉原本 元禄三年 1690.08 金剛砂 こんごうしゃ 1984野間/遊女評判記121-02 (野間)富長軒可榮・懸河昔捨若作。江戸佐藤四郎右衛門板。四月刊の「名寄評判」の跋に、「吉ハらこんかうせう」として豫告あり。

吉原本元禄1690s逸名諸國遊里・好色由来揃 全5しょこくゆうりこうしょくゆらいぞろい1911近世文藝叢書10-001

吉原本 元禄四年 1691a 新吉原幕揃[改題本] しんよしわらまくぞろえ 1936澁井/吉原本063 (澁井)「吉原書籍目録」の「吉原あくた川」の条に「按ずるに元禄四年の「新吉原幕揃」とある冊子は此「吉原芥川」の外題直しなり、其証は引書に「袖かゞみ」「くらべ物」等にあり、斯る流行の冊子に二十年前の冊子を取出でゝ云ふいはれなし」云々と見ゆ。原武太夫の「高尾

吉原本 元禄四年 1691a 新吉原幕揃[改題本] しんよしわらまくぞろえ 1984野間/遊女評判記122-02 (野間)「あくた川」の改題再版。

吉原本 元禄5 1692 藤本箕山 諸國遊里・好色由来揃 しょこくゆうりこうしょくゆらいぞろえ 1993田口章子/國文学-解釈と教材の研究132-02 近世文藝叢書10

吉原本 元禄六年二月吉日開板 1693 京大坂茶屋雀 きょうおおさかちゃやすずめ 1984野間/遊女評判記123-01 (野間)いろほんや三助・もつこうやらん作。一名「諸分調法記」。

吉原本 元禄六年 1693 吉原名寄色竹 よしわらなよせいろたけ 1984野間/遊女評判記122-04 (野間) 通油町佐藤四郎右衛門板。吉原女郎の名寄せを河東節の浄瑠理・道行に作りたるもの、二十六曲を収む。

吉原本元禄71694鈴木武平吉原草摺引よしわらくさずりびき1926佐村/國書解題1985-01

吉原本 元禄七年 1694 好色罌栗鹿子 こうしょくけしかのこ 1984野間/遊女評判記124-02 (野間)水月庵迷色居士作。「なには鉦」の改題再版。後さらに「諸分店颪」と改題三版。

吉原本 元禄七年 1694 吉原水鏡 よしわらみずかがみ 1984野間/遊女評判記124-01 (野間)「草摺引」巻一の寫本。文政五年九月喜多武清寫。

吉原本 元禄七年正月吉日 1694.01 吉原草摺引 よしわらくさずりびき 1936澁井/吉原本064 (澁井)正本は明治三十九年三月発行「高潮」第二号第二回珍書研究会に千葉鉱三氏出品。「吉原書籍目録」に「遊女の評判の画、可笑しからざる冊子なり。此書絶板、作者と板元と罰せられたる由御当家の法例に見えたり」とある。作者は鈴木武平。「高尾年代記」に本書の題簽と

吉原本 元禄七年 1694.01 吉原草摺引 よしわらくさずりびき 1984野間/遊女評判記123-03 (野間)巻六の零本一見。作筆鈴木武平。板元名なし。

吉原本 元禄七年 1694.01 吉原草摺引 よしわらくさずりびき 1984野間/遊女評判記123-04 (野間)鈴木武平作。江戸甚九郎板。

吉原本元禄91696香西 茂左衛門七種宝納記ななくさほうのうき1976三田村鳶魚/未刊随筆百種05-011

吉原本 元禄十一年三月 1698 いろ本や九郎介・もつかうやらん 色茶屋顰顔[〜しかみがお] いろぢゃやしかみがお 1984野間/遊女評判記124-04 (野間)いろ本や九郎介・もつかうやらん作。大坂萬屋仁兵衛板。「茶屋雀」の増補改題本なり。

吉原本 元禄十一年 1698 大坂色茶屋やま衆評判 おおさか いろぢゃややましゅひょうばん 1984野間/遊女評判記124-05 (野間)「顰顔(しかみがお)」に豫告出づ。

吉原本 元禄十二年 1699 五大力菩薩手鑑 ごだいりきぼさつてかがみ 1936澁井/吉原本065 (澁井)正本は忍頂寺務氏所蔵。「書物往来」十二冊(大正十四年九月号)所載「花街本に就て」に忍頂寺氏の紹介あり。純然たる吉原本ではなく三都の遊女評判記で、遊女の手跡を写し、頭部に注釈と略評を細書す。その内「江戸之部」として、太夫格子もの高尾、小紫、三浦、大

吉原本 元禄十二年 1699 五大力菩薩手鑑 ごだいりきぼさつてかがみ 1984野間/遊女評判記125-01 (野間)序題「五大力菩薩」、「元禄十あまりふたとし」古文眞宝序。目録題「五大力菩薩手鏡」。三都名妓三十二人自筆の文を模刻し、頭注に筆者名と語釋を附す。但し評判はなし。上巻のみ一見。

吉原本元禄121699逸名紙鳶たこ1911近世文藝叢書10-283-40/柳花通誌

吉原本 元禄十二年 1699 朱雀もしほ草 しゅじゃかもしおぐさ 1984野間/遊女評判記125-02 (野間)「五大力菩薩手鏡」に見ゆ。

吉原本 元禄十三年刊及十四年 1700-1701 娼妓画牒 しょうぎがちょう 1936澁井/吉原本066 (澁井)正本は打越晴亭氏(大阪)所蔵。複製本は「稀書複製会」第三期配本にあり、井上和雄氏の異本三種を挙げての解説を附す。「稀覯本攷覧」に尾崎久弥氏の解説あり。「浮世絵新誌」第十号に、編者の「娼妓画牒研究」あり。「寸錦雜綴」には「薄雲、高尾」の二図を載す。

吉原本 元禄十六年 1703 色茶屋諸分車 いろぢゃやしょわけぐるま 1984野間/遊女評判記125-04 (野間)「攝陽奇観」巻二十二、元禄十六年四ガス七日、おはつ徳兵衛曽根崎心中の條に引く。寶永二年八月刊「傾城武道櫻」巻四ノ四に、「中にもきのかハりたるは、茶屋諸分車と申して茶屋一通りの大全、代物は貳匁」と見ゆ。

吉原本元禄161703逸名傾城百人一首けいせいひゃくにんいっしゅ1976三田村鳶魚/未刊随筆百種04-183

吉原本 元禄十六年 1703 蘭下童 傾城百人一首 けいせいひゃくにんいっしゅ 1984野間/遊女評判記125-03 (野間)蘭下童作。

吉原本 元禄十六年 1703 逸名 傾城百人一首 けいせいひゃくにんいっしゅ 2003石崎芳男/よしわら吉原351-03j 未刊随筆百種04

吉原本 寶永1(歿) 1704 畠山箕山 色道大鏡 しきどうおおかがみ 1980続燕石十種3-265 (朝倉)自筆本、実ハ再稿本。

吉原本寶永1704-1711逸名吉原一言艶談よしわらいちげんえんだん1926佐村/國書解題1984-07

吉原本 寶暦2-文政8 1705-1825 加藤 曳尾庵 歴世女装考 れきせいじょそうこう 2003石崎芳男/よしわら吉原350-06l 日本随筆大成1期

吉原本 寶永四年 1707 高尾の全盛安直の郡集 たかおのぜんせい…ここんよしはらきだん 1984野間/遊女評判記126-02 古今廓奇談(野間)當世堂藏板。但し後世の偽版か。

吉原本 寶永四年丁亥 1707.00 吉原一言艶談 よしわらいちごんえんだん 1936澁井/吉原本068 (澁井)帝国図書館(四巻一二五、一四九)に所蔵、但し第五巻缺本である。日本橋川瀬石町書林山口屋須藤権兵衛の板である。「吉原書籍目録」には「半紙本一、二、三、四を見る、一冊缺本なるべし」とあり、「奇書珍籍」吉原号に完本全五巻の目次と序文と本文「ねざめの郭公

吉原本 寶永五戊子三月上旬 1708 雪の衛士香 ゆきのえじか 1936澁井/吉原本069 (澁井)「吉原書籍目録」に見ゆ。序文に「種杣」とあるが作者か。車屋反という田舎者が江戸に来て吉原通いの始末を記した浮世草紙である。挿画は奥村政信。

吉原本宝永61709鏡が池かがみがいけ1926佐村/國書解題1986-08n

吉原本寶永61709石川流宣吉原大黒舞よしわらだいこくまい1926佐村/國書解題1985-11

吉原本 寶永六年巳丑板 1709 吉原大黒舞 よしわらだいこくまい 1936澁井/吉原本070 (澁井)首巻一冊忍頂寺務氏所蔵。「書物往来」十二冊に忍頂寺氏の「花街本に就て」の一文に第一巻のみの紹介あり、序文と揚屋十一軒の屋号を挙ぐ。「吉原書籍目録」にも見ゆ。

吉原本 寶永六年 1709 吉原大黒舞 よしわらだいこくまい 1984野間/遊女評判記127-01 (野間)武陽豊嶋郡眞土山之住、作者流宣。江戸書林松野宇右衛門・秩父屋吉兵衛・相模屋太兵衛。

吉原本寶永61709逸名吉原徒然草よしわらつれづれぐさ1926佐村/國書解題1986-01

吉原本寶永6-1709逸名吉原徒然草よしわらつれづれぐさ1930蘇武/吉原風俗資料***

吉原本 寶永六年 1709 吉原鳥追 よしわらとりおい 1984野間/遊女評判記127-02 (野間)「大黒舞」豫告。

吉原本 宝永6頃 1709c 吉原徒然草 よしわらつれづれぐさ 2003結城や来示/吉原徒然草***[岩波文庫] 上野洋三・校注

吉原本 正徳年間 1710s 新吉原大尽舞 しんよしわらだいじんまい 1936澁井/吉原本074 (澁井)近代もので正本絵ぞう紙屋あたりで売った紙数僅か七枚綴大字七行本にて板元「永代橋北新堀いせや平兵衛

(以下、略)



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